竹野370m峰
概 要 豊岡市の旧竹野町と旧城崎町の境にある370.8m峰(点名:松本)に登ります。 松本地区の小守神社の傍から尾根に取り付いて、272m峰と295m峰を経て山頂へ向かいます。 山頂からは361m峰を経て鋳物師戻峠に降り、鋳物師戻の道を羽入地区へ降ります。 山頂は樹木が茂って展望は良くありませんが、途中の295m峰からは山並みを眺められます。
起 点 豊岡市竹野町 松本地区
終 点 豊岡市竹野町 松本地区
松本地区…小守神社…登山口…尾根の肩…ジャジャ山公園分岐…272m峰…小峰…295m峰(展望岩)…小峰…370.8m峰…361m峰…小峰…鋳物師戻峠…展望地…切通…竹野側入口…松本地区
所要時間 4時間10分
歩いて... 登山口から272m峰まではあまり歩かれていない様子で、 倒木などが煩わしいU字形に窪んだ道や半枯れの笹竹が茂る所がありました。 272m峰からは桃テープが点々と取り付けられてルートを示していました。 蒸し暑くて噴き出す汗を拭き拭きの遅い登りとなりました。 鋳物師戻峠の手前の小峰からの降りは、尾根が広がって道が分かり難くなります。
関連メモ 鋳物師戻峠, 鋳物師戻の道, 鋳物師戻峠大岩, 鋳物師戻峠大岩, 鋳物師戻峠
コース紹介
松本地区
豊岡市竹野町を流れる竹野川の東側に続く県道9号を北上して松本地区まで来ると、 松本橋の手前にがあります。 その傍に車2・3台分の駐車スペースがあるので、ここに車を止めさせて頂きました。
無人野菜売場
野菜販売
百円コーナ
神様ハ見ている 私ハ知っている あなたの其の 出来心を 先人を泣かさないで下さい
老人の店
仲田光成書碑
むかし我が泳ぎし川に来て見れば 流れは今も澄みぬれど あたりに人の影さへもなし 自詠
豊岡竹野から書碑街道づくり実行委員会
小守神社
駐車スペースの裏手に小守神社があるので、立ち寄っていきます。 この時には御開帳されていたのでちょいと中へ入ってみると、「小守神社の由来(縁起)」が掲げられていました。 白木の小社も見かけますが、合祀されている神社でしょうか。 社殿の右後ろには松本公民館があります。 右前にはがあって中に「毘沙門天の真言」の木札が納められているので、 縁起にある毘沙門天堂でしょうか。
小守神社の由来(縁起)
所在地 兵庫県豊岡市竹野町松本小森岡
社格 村社(『校補但馬考』による)
お祭神 底筒男命(そこつつおのみこと)
縁起 創建年不詳。 神社棟札によると延宝5年(1677)の再建。 宝暦9年(1759)『神社書上帳』には「小守大明神」とあり、 次いで寛政10年(1798)には鳥居が創建され、石工は竹野の六左衛門であった。 別当(神社の管理運営権者)は金亀院であったが、文安5年(1448)「観音寺衆徒申上状案」(金亀院文書)によると、 小守岡には荊木山観音寺の燈油田一段があり、中世から小守神社と観音寺との関係が知られる。 慶応4年(1865)『神社書上帳』に「小守大明神」となり、明治10年(1877)『神社取調』には「小守神社」と見える。 稲荷社を合祀し、末社は八坂社(元・牛頭天王社→祇園社)、三柱社(元・三宝荒神社、別当は金亀院)。 猶、地区内には、大将軍社、毘沙門天堂があり、明治5年(1872)の棟札には「社僧金亀院降宝」の名が見える。 祭日は11月3日(元は9月9日であった)。 参考文献『校補但馬考』『竹野町史』
お祭神である「底筒男命」は、日本神話(『古事記』)に登場する航海の神で住吉大社の一柱。 伊奘諾尊が黄泉の組の穢れを清めるため筑紫の日向の橘の小戸のアワギ原で禊をして、水底で身をすすいだ時に出現。 この時、水中では中筒男命が、水上では表筒男命が現れた。 この三柱の筒男命が住吉大神であり、住吉大社(大阪市住吉区)の三座の祭神である。 三座のうちの一座「底筒男命」をお祭神とする「小守神社」と住吉大社との関係は定かではない。 住吉大社は、全国各地にあり、三韓征伐で有名な神功皇后と極めてかかわりが深い。 参考文献『住吉と宗像の神』(上田正昭著)
登山口
神社を出て南東へ続くを進んでいきます。 右へ道が分かれるT字路の手前まで来ると、左へ戻るようにして分かれていくがあります。 左の道に入って少し右へ曲がりながら登っていくと、右側の斜面にがありますが、鉄筋柵で閉ざされています。 墓地を過ぎて、右から来るに沿って登っていきます。 一番高い所まで来るとがあります。 標識類は見かけませんが、ここが今回の登山口になります。 駐車スペースから6分ほどの所になります。 上下の小さなレバーを回し、地面付近の落とし棒を引き上げて、扉を開けて通過していきます。
(落とし棒を再び差し込むのに少し苦戦したので、通過するのに時間がかかりました)
倒木や枝などが目立つU字形にを登っていきます。 少し曲がりながら登っていくとがあります。 どちらを進もうか迷いましたが、傾斜が急な右の道は見送って左の道を進んでいきました。 少し先を右へ曲がっていくと、手前で分かれてきた道とします。 道を塞ぐ倒木をくぐったり乗り越えたりして1分ほど登っていくと、またがあります。 ここでも左の道を登っていきました。 更に増える倒木を乗り越えながら2分ほど進んでいくと、手前で分かれてきた道とします。 振り返ると、見送った道の方が本来の道のような雰囲気でした。 少し左へ曲がっていくと、すぐに緩やかな尾根になります。
尾根の肩
歩き易くなったを進んでいきます。 程なくして再びU字形にを登るようになります。 倒木などがあって歩き難いので、を登っていきました。 1分ほど登っていくと窪んだ道に降りてしまうので、今度はを登っていきました。 窪んだ道は次第に左へ曲がっていきますが、そのままを登っていきます。 正面が明るくなってくると、倒木が散乱する尾根の肩のような緩やかな所に着きます。 登山口から17分ほどの所になります。
左へ曲がって、僅かなになった尾根を進んでいきます。 軽く降っていくと、幅が狭いのような緩やかな尾根になります。 程なくしてになると夏草が見られるようになりますが、背丈が低くて助かります。 少し登って緩やかになった尾根を進んでいくと夏草はなくなります。 登り坂になると、再びのような狭い尾根になります。 尾根を登って倒木がある所まで来ると、道は尾根の背を離れて右へ曲がっていきます。 登山口から22分ほどの所になります。 正面の尾根の背にも踏み跡が見られますが、右の道を進んでいきます。
右斜面を横切るように登っていくとに出ます。 道なりに左へ曲がって、U字形にを登っていきます。 右への曲がり角まで来ると、左の樹間からが少し見えます。 右・左・右と曲がりながら、尾根の背に続くを登っていきます。 次第に尾根の幅が広がって道の窪みも減って歩き易くなると、半枯れの笹竹が生い茂るようになります。 登山口から30分ほどの所になります。
は行く手を遮るほど密生はしていませんが、 手で払い除けながら登っていく必要があるので煩わしく感じます。 笹竹は一度少なくなりますが、少し先でまた増えてきます。 途中で僅かなが横切っていますが、尾根を真っすぐ登っていきます。 少し曲がりながら尾根を登っていくと、次第に笹竹が減ってなります。 登り傾斜が増してくると、幾つもの倒木が尾根を塞いでいました。 登山口から46分ほどの所になります。 くぐったり跨いだりして通過していきます。
ジャジャ山公園分岐
少しU字形にを小さく曲がりながら登っていきます。 が広がってくると、道の窪みは無くなってきます。 明るくなってくる正面へ向かって登っていくと、緩やかになったに着きます。 道なりに左へ曲がって緩やかになった尾根を進んでいくとが立っていて、 正面の尾根は「至 展望岩」、左の斜面は「ジャジャ山方面」となっています。 登山口から56分ほどの所になります。 左の斜面を降っていくとジャジャ山公園へ出られるようですが、このまま正面の尾根を進んでいきます。
272m峰
標識を過ぎると、樹木に取り付けられたを見かけるようになります。 正面に見えてくる高みへ向かって、を真っすぐ登っていきます。 程なくして、緩やかになった高みに着きます。 登山口から1時間ほどの所になります。 標識類は見かけませんが、ここが地形図に載っている272m峰になるようです。 周囲には樹木が茂っていて展望は得られません。 ここで尾根が二手に分かれています。 北東へ続くは見送って、 桃テープが取り付けられた南へ続くを進んでいきます。
細い木が少し茂るものの歩き難くはない尾根を降っていくと、緩やかなに着きます。 鞍部から軽く登っていくと、標高270mほどのに着きます。 高みを過ぎてを降っていきます。 左の樹間から僅か見えるを眺めながら降っていきます。 点々と取り付けられている桃テープを確認しながら降っていくと、少し幅が狭まった緩やかな尾根になります。
小峰
軽い登り坂になった尾根を進んでいくと、僅かなを越えていきます。 右側の樹間からを眺めながら降っていきます。 登り坂になった尾根を進んでいくと、また僅かなを越えていきます。 少し降ってから登っていくと、が明るくなってきます。 標高260mほどの小峰の手前まで来ると、道は左へ巻くように曲がっていきます。 272m峰から13分ほどの所になります。
僅かな起伏で続くを進んでいきます。 軽く降っていくとになります。 少し登って、僅かなを越えていきます。 桃テープを確認しながら降っていくと、馬の背のように狭まった尾根になります。
登り坂になると、小岩が剥き出すに着きます。 右には僅かにが見えます。 高みの先へ少し降ってから軽く登っていくと、また僅かなに着きます。 右に僅かに見えるを眺めながら降っていきます。 引き続き取り付けられている桃テープを辿りながら降っていくと緩やかな尾根になります。
295m峰(展望岩)
緩やかな尾根を進んでいくと、程なくしてになります。 次第にが増してくるので、脇の樹木に掴まりながら登っていきます。 大き目の樹木が生える所まで登ると、少し傾斜がになってホッとします。 再び登り傾斜が増してくると、大きな岩が剥き出すに着きます。 岩の右側を進み始めると「展望岩」の標識が立っています。 他に標識は見かけませんが、ここが地形図に載っている295m峰になるようです。 272m峰から31分ほどの所になります。 岩の上に登って振り返ると、少し樹木が邪魔しているもののが広がります。 左の奥を覗いてみると、電波塔が幾つも立つの山頂付近も見えます。 景色を眺めながらひと息入れていきました。
落ち着いたところで、展望岩の先へ続くを降っていきます。 細い木が少し生える所もある尾根を降っていくとになります。 その先へ登っていくと、僅かなを越えていきます。 軽く降っていくとが続くようになります。 少し左へ曲がる所まで来ると尾根が分岐しています。 295m峰から7分ほどの所になります。 標識類は見かけませんが、南へ続くは方向が違うので見送って、 東へ続くを進んでいきます。
少し登っていくと、大きな倒木があるを過ぎていきます。 少し降って緩やかな尾根を進んでいくとになります。 次第にが増してくるので、ここでも脇の樹木に掴まりながら登っていきました。 傾斜が緩やかになると、尾根の肩のような所に着きます。 295m峰から17分ほどの所になります。
小峰
すぐにになる尾根を進んでいきます。 枝を広げるの袂を過ぎていくと、 明るくなったが正面に見えてきます。 傾斜が緩やかになると標高320mほどの小峰に着きます。 295m峰から22分ほどの所になります。 緩やかな所が少し続いていて、何処がピークなのか判然としません。
緩やかな高みを進んで軽く降っていくと左側にが見えてきますが、 方角からすると盛上山でしょうか。 斜面に見えるのは城崎カンツリークラブのようです。 緩やかな尾根になると、アセビが少し茂る所にあるを乗り越えていきます。 程なくしてになります。 歩くのに邪魔な樹木を鋸で切断した跡も見かけるので、点々と取り付けられている桃テープと併せて、登山道として整備されている方がおられるようです。 緩やかになった所を過ぎて登っていくと、岩が幾つか剥き出した尾根の肩のような所に着きます。 295m峰から32分ほどの所になります。
370.8m峰
僅かに降っていくとになります。 その先へ登っていくと、再びになります。 引き続き取り付けられているを確認しながら尾根を登っていきます。 傾斜が緩やかになってくると、樹木が伐採されて明るくなったに着きます。 中ほどには三等三角点「松本」があるので、地形図に載っている370.8m峰になるようです。 295m峰から41分ほど、登山口から2時間14分ほどで登って来られました。 脇にはが立っていて、 この場所は「三等三角点 点名:松本 標高370.8m」、今来た道は「展望岩まで60分・ジャジャ山公園まで150分」となっています。 周囲には樹木が茂っていて、展望は良くありません。 冬枯れの季節には樹間から山並みが少し見えるのですが、青葉が茂る季節には見えなくなります。 水分補給などをしながら、ひと休みしていきました。
5年前に来た時には標識は見かけませんでしたが、 やはり鋳物師戻峠からジャジャ山公園へ続く尾根を登山道として整備されている方がおられるようです。 今回の登山口から272m峰の西の尾根の肩までのルートは対象ではないようで、 道は少し荒れ気味で桃テープも見かけませんでした。
落ち着いたところで、桃テープが取り付けられたへ続く尾根を降っていきます。 2分ほど降っていくとになります。 次第に降り坂になってくる尾根を進んでいくと、緩やかなに着きます。 鞍部を過ぎて登っていくと、緩やかな尾根の肩のような所に着きます。
361m峰
少し右へ曲がって、僅かにを進んでいきます。 すぐに登り坂になると、僅かなを越えていきます。 緩やかになった所から登り返していくと、尾根が分岐する高みに着きます。 標識類は見かけませんが、地形図に載っている361m峰になるようです。 370.8m峰から12分ほどの所になります。 にも尾根が続いていますが、 桃テープが幾つか取り付けられたを降っていきます。
西へ続くを降っていきます。 大き目の樹木を過ぎていくと、標高330mほどのになります。 僅かな起伏がある緩やかな尾根を、を確認しながら進んでいきます。 時折アカマツも見られる尾根を降っていくと、道端にヌタ場がありました。 361m峰から6分ほどの所になります。
小峰
少し登ったり緩やかになったりするを進んでいきます。 標高320mほどの緩やかな尾根を進んでいくとに入っていきます。 になってくる尾根を、引き続き取り付けられている桃テープを確認しながら登っていきます。 傾斜が緩やかになると、なだらかで小広くなった標高330mほどの小峰に着きます。 361m峰から12分ほどの所になります。 標識類は見かけませんが、中ほどにのような小さな枯れ木があります。 ここで広くなった尾根が南東・南・西の方向へ分かれています。 桃テープが其々の尾根に取り付けられていて紛らわしくなっています。 5年前に来た時には誤って西の尾根を降ってしまいましたが、磁石で方角を確認しながら南へ続く尾根を降っていきます。
枯れ木のオブジェの左側を過ぎて倒木を乗り越えていくとになります。 道がはっきりしない広い尾根の中ほどを歩いていくと、尾根が二俣に分かれています。 両方の尾根に桃テープが見られて迷いますが、少し右へ曲がって、南へ降るに向かっていきます。 南の尾根に出て降っていくと、次第にが明瞭になってきます。 かなり傾斜のあるですが、 滑り易い所では道が階段状に削られていて助かります。 少し右へ曲がって降っていくと緩やかな尾根になります。
植林地を軽く降っていくとに変わります。 雑木林になったすぐ先にあるの辺りの左側にが取り付けられています。 このまま尾根を進んでいくと次第に樹木が茂って歩き難くなるので、 桃テープの所から尾根の左斜面を降っていくと、狭いながらも踏み跡が現れます。
鋳物師戻峠
左斜面を横切るように続くを進んでいきます。 踏み固められていない道なので足元に注意しながら進んでいくと、程なくして鋳物師戻峠に出ます。 小峰から15分ほど、370.8m峰から40分ほどで降りて来られました。 ここは旧城崎町と旧竹野町を結ぶ鋳物師戻の道が通るになります。 峠に出た所にはが佇んでいて、「寛政四壬子三月」の文字が刻まれています。 他に文字らしきものも見られますが判読できませんでした。 江戸時代の後期から行き交う人達を見守ってきたようです。 5年前に来た時には見かけませんでしたが、傍の樹木にが取り付けられていて、 「鋳物師戻 登山口」「三等三角点まで50分」となっています。 冬枯れの時には樹間から少し山並みが見えるのですが、青葉が茂る季節では見えなくなります。 往時にはこの峠に茶屋があって賑わったとのことですが、景色を眺めながらひと休みしていったのでしょうか。
鋳物師戻の道は、かつては旧竹野町と旧城崎町を結ぶ湯島街道として、多くの藩士や文人なども行き交った幹道だったようです。 今ではJR山陰本線が開通し、鋳物師戻トンネル経由の県道9号も出来て、すっかり忘れ去れた道になりました。
城崎側入口へ降る鋳物師戻の道は「鋳物師戻の道」を参照。
後日に南へ延びる尾根を歩きました。(「鋳物師戻峠」を参照)
羽入地区にある竹野側入口へ向かって鋳物師戻の道を進んでいきます。 峠を過ぎて右へ曲がると大きながあります。 5年前に来た時には道に覆い被さる倒木でしたが、伐採されたようです。 かつては大八車も通ったというは幅広で緩やかに続いていますが、歩かれなくなって少し荒れています。 石や倒木・枯れ枝などが散乱していますが、歩くのに問題はありません。 峠から3分ほど進んでいくと、山際に解説板が立っています。 右の斜面を見上げると、が見えます。 以前はほとんど見えませんでしたが、少し樹木が伐採されたようです。
このあたりは、植物社会学的にはスギ−ヒノキ群落典型下位単位に区分されます。 山側を見上げてみてください。 木々の間から、今にも崩れ落ちてきそうな大きな岩が見えると思います。 この巨岩は、全長19m、重さ100〜140tもあります。 この岩の先には「鋳物師戻峠」とよばれる峠があり、その名の由来は、 昔、鋳物師が岩の上で大地震に出合い、 頭上にある大岩が揺れるのを見て恐ろしくなって後戻りしたという話によると伝えられています。
里山林整備事業
展望地
解説板を過ぎて、緩やかでを進んでいきます。 左の樹間からを眺めながら進んでいきます。 等高線に沿うように曲がりながら進んでいくと、夏草が茂る開けた所に出ます。 鋳物師戻峠から8分ほどの所になります。 左側に山並みを見渡せる展望地になっています。
生い茂る夏草を膝で掻き分けながら進んでいくと、左右に横切るがあります。 脇には「鋳物師戻峠大岩 但馬のおたから百選」のが立っています。 裏面には「H26.5作成 Y.K」と記されているので、2年ほど前に設置されたようです。 右の道は鋳物師戻の道旧道に出て鋳物師戻峠大岩へ登っていけます。 左の道は県道9号の曲がり角に降りられます。 今回は左右の踏み跡を見送って、右へ曲がっていく鋳物師戻の道を進んでいきます。
左右に通る踏み跡は「鋳物師戻峠大岩」, 「鋳物師戻峠大岩」を参照。
左の踏み跡は「鋳物師戻峠」を参照。
切通
夏草やシダ類が茂る所はすぐに終わって、になります。 引き続き、等高線に沿うように少し曲がりながら続くを進んでいきます。 少し登り坂になると、分岐になった切通に着きます。 鋳物師戻峠から15分ほどの所になります。 脇にはが立っていて、 正面の道は「山頂あずまや・愛宕さん・石原神社」、右の道は「鋳物師戻の道」、今来た道は「奇岩」となっています。 正面の道(*)は176m峰を経て愛宕さんへ続いていますが、 右の切通を抜けていく鋳物師戻の道を進んでいきます。
*正面の道は「鋳物師戻峠」を参照。
を過ぎて、右へ曲がっていきます。 冬枯れの季節には左の樹間から竹野町の切浜方面が見えるのですが、青葉が茂る季節ではほとんど見えなくなります。 引き続き石や倒木・枯れ枝などが散乱して展望の開けない幅広のを淡々と降っていきます。 切通から6分ほど降っていくと、道は大きく曲がっていきます。 その少し先を曲がっていきます。 更に左へ曲がって谷筋に差し掛かると、解説板が倒れています。 切通から14分ほどの所になります。
このあたりは、植物社会学的にはスギ−ヒノキ群落ヤマアジサイ下位単位に区分されます。 沢地形を中心に広範囲にみられ、ヤマアジサイ、ウワバミソウ、フユイチゴ、ミゾシダ、ジュウモンジシダ、 アカショウマ、ドクダミ、ゼンマイなど、湿地を好む種が多いことが特徴です。
里山林整備事業
を回り込んでいくと、次第に道に水が流れたりぬかるんで歩き難くなります。 丸太を束ねて板状にした小橋が架かる小さな谷筋を幾つか過ぎていきます。 やがてぬかるみがなくなっ道を緩やかに降っていくと、が道を塞いでいました。 倒木を跨いで進んでいくと、背丈の低いが茂るようになります。 夏草が終わると、左から降ってくる道が合流してきます。 切通から26分ほどの所になります。 角にはが立っていて、 左の道は「愛宕さん」、今来た道は「山頂あずまや・奇岩」となっています。 左の道は愛宕さんの社殿の左側から降ってくる道ですが、正面に続く鋳物師戻の道を進んでいきます。
竹野側入口
背丈の低いが茂る所を過ぎていきます。 の脇を左へ曲がっていきます。 谷筋を回り込んで羽入地区の谷筋の田んぼが見えてくると、道に背丈の低いが生い茂るようになります。 笹竹を膝で掻き分けながら降っていくと、谷筋に通る地道に降り立ちます。 切通から32分ほど、鋳物師戻峠から48分ほどで降りて来られました。 ここが鋳物師戻の道竹野側入口になります。 降り立った所にはが立っていて、 今降ってきた道は「鋳物師戻の道・奇岩」となっています。
谷筋に続く地道を左へ進んでいくと、舗装路のに出ます。 脇にはが立っていて、左へ登っていく道は「金亀院・両界院」となっています。 左の道を見送った先から振り返ると、「鋳物師戻峠の大岩」のが出ていて左の道を指しています。 愛宕さんを経て先ほどの切通へ通じるルートに導いているようです。 小川を横切る手前まで来ると、「覚」と刻まれたが左側にあります。 この付近の道の竣工時期が刻まれているようでした。
一、羽入谷林道昭和四十八年
一、荊木山参道昭和五十七年
一、圃場整備昭和五十九年
一、新宮林道昭和六十三年
町長 山本雅康書
松本地区
小川を渡っていくと、左の奥にが見えてきます。 谷筋に続く道を真っすぐ進んでいくと、両界院金亀院観音寺へ続く道が分かれるがあります。 左の道(*)を見送っていくと、最初に登山口へ向かっていったが右前方へ分かれていきます。 少し登り坂になった道を進んで県道9号に出ると、車を止めておいた駐車スペースがあります。 竹野側入口から8分ほどで到着しました。
*左の道は「鋳物師戻峠」を参照。