概 要 |
室尾山は朝来市和田山町にある標高629.5mの山です。
北西側が少し開けていて山並みを眺めることができます。
中腹にある法宝寺跡や里山体験学習館からも山並みを眺められます。
室尾地区のキャンプ場から登るルートもありますが、
今回はキャンプ場へ登る車道の途中から稜線に出て法宝寺跡を経て山頂へ登り、
室尾城跡を経て車道へ降るルートを歩きます。
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起 点 |
朝来市和田山町 室尾地区
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終 点 |
朝来市和田山町 室尾地区
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室尾地区…登山口…稜線…法宝寺跡…キャンプ場分岐…男山分岐…室尾山…男山分岐…キャンプ場分岐…67番鉄塔…里山体験学習館…切通…室尾城跡…登山口…室尾地区
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所要時間 |
3時間10分
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歩いて... |
車道から稜線に出る道は笹や倒木があって荒れ気味です。
稜線に出てからも倒木が道を塞ぐ所があります。
山頂から東へ延びる緩やかな尾根を少し歩きましたが、眺めが少し広がる程度でした。
室尾城跡から車道へ降りる尾根は一般的な登山ルートではないようで、
樹木が茂り気味でプチ藪漕ぎする所もありますが、行く手を阻むほどではありません。
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関連メモ |
室尾山,
室尾山,
室尾山
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室尾地区
円山川の右岸を通る県道104号の糸井橋交差点から、県道10号に入って東進していきます。
程なくして県道10号と分れて県道274号に入って1kmほど進んでいくと、左へ道が分れていくがあります。
入口には「室尾森林自然 野外活動センター」の標識が立っていますが、この時にはシートが被せられていました。
キャプ場へ続く左の一車線道路に入って小川沿いに進んでいくと、
路肩の広がった車の交換場所のような所が二つあるので、そのうちの先の方に車を止めさせて頂きます。
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登山口
駐車地の先へ続くを軽く登っていきます。
正面に尾根が見えてくると、道は曲がっていきます。
右側にはススキなどが生える広いがあって、ここにも車を止められそうです。
左へ曲がっていくと、右へ登っていく山道が分れていきます。
駐車地から2分ほどの所になります。
入口にはが倒れていて、
右へ戻るように登っていく道は「法宝寺跡0.7km」、正面の車道は「キャンプ場0.7km」となっています。
ここが今回のになります。
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次第にが茂るようになる道を進んでいきます。
笹を見かけなくなるとに入っていきます。
傾斜が緩やかになると、小石がゴロゴロするを渡っていきます。
植林地から出ると、またが茂るようになります。
幾つもあるを避けながら進んでいきます。
再び植林地になりますが、倒木が散乱して歩き難くなっています。
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道がしているような所に出ますが、左側の道を登っていきます。
のような段差が幾つも見られる谷筋の左側を登っていきます。
しばらく進んでいくとがありますが、右側の緩やかな道を進んでいきます。
程なくして、僅かに水が流れる沢にが架かっています。
登山口から16分ほどの所になります。
橋は頼りない様子なので、少し上流側から沢に降りて渡っていきます。
土砂に埋もれた古びた横木の階段が見られる道を登っていきます。
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稜線
段差の前まで来ると、折れ曲がっていきます。
少し登っていくと、折れ曲がっていきます。
傾斜が増してシダ類が茂るようになる斜面を登っていくと、また折れ曲がっていきます。
斜面を横切るように登っていくと、正面から左へ続く広い道が通る稜線に出ます。
登山口から26分ほどの所になります。
出た所にはが立っていて、
正面の道(*1)は「岡田0.8km」、左の道(*2)は「法宝寺跡50m」、今来た道は「室尾1.2km」となっています。
倒木などがあって荒れ気味の道を登ってきて疲れたので、周囲の様子を確認しながらひと息入れていきます。
*1 正面の道は「 室尾山」,
「 室尾山」を参照。
*2 標識には「法宝寺跡50m」となっていますが、「万葉の森」の丸太小屋までは200mほどあります。
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法宝寺跡
尾根の背を登り始めると、「シカの影響を受けた森」と題したがあります。
その先で道が二俣に分かれているようですが、右側の道を登っていきます。
傾斜が緩やかになると(*)があります。
上下に取り付けられた小さなレバーを回せば開けられます。
防護扉を過ぎると、草に埋もれたを登るようになります。
右側に石垣が現れると、が階段を覆うようになります。
階段を登り切ると、なだらかになった植林地に出ます。
このなだらかな場所が法宝寺跡になるようです。
稜線に出た所から6分ほどの所になります。
*防護扉の手前から左前方へ分かれていく道があって、法宝寺跡を通る道の一段低い所に続いています。
途中には「室尾地区の文化財」と題した解説板があって、室尾地区の歴史などが記されています。
室尾山の南側には面積の狭い地区が並んでいますが、往時の繁栄の名残りのように思えます。
シカの影響を受けた森
この森には、多くのシカが住んでいます。
シカは植物をえさにしてくらしていますが数が多くなると森のようすがどんどん変化していきます。
森を観察してみるとシカと森の関係を知ることができます。
シカが多くなると森のようすが変わっていく仕組み
シカが多くなる
→ 餌が足りなくなる
→ 食べられる植物は食べつくされる
→ 好きな食べ物が多い林は、地面から植物が無くなってしまう
→ 嫌いな食べ物が多い林は、シカの食べない植物ばかりが残る
室尾地区の文化財
室尾地区は、天平21年(748)僧行基によって法宝寺が建立されるなど、古くから開けた場所です。
寛平年間(889)には、京都の石清水八幡宮の別宮として、法宝寺の隣接地に八幡宮(室尾別宮)も勧請されました。
七宝寺(高生田)、正眼寺(岡田)ともに三職として祭事をつかさどり、盛時には15坊を擁し、
寺領は、朝来郡、養父郡、出石軍にまたがる100町歩(100ha)千石に及んだといわれています。
戦国時代までの室尾は、出石と京都を結ぶ大きな街道筋に位置する交通の要衝でした。
このため多数の城郭遺構等が残されています。
しかしながら江戸時代になると、街道が円山川沿いに開設され、室尾はだんだん衰えていくようになりました。
明治に入ってからは、明治22年に養父郡糸井村室尾となり、この糸井村が昭和30年に養父郡南但町、
昭和21年朝来郡和田山町に、さらに平成17年に朝来市になりました。
人々の生活が変化する中で、大正4年に八幡神社はふもとの岡田に移され、昭和9年には法宝寺も岡田に移転しました。
昭和30年代から各戸が次々とふもとに移転を始めるようになり、
昭和44年には、桐原神社もおろされ、室尾地区の山中から人家はすべて移転しました。
現在、この付近に住む人はいませんが、法宝寺跡をはじめとした遺構によりかつての街道筋のにぎわいがしのばれます。
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を振り返ると、送電線の鉄塔や山並みが見えます。
を振り返ると、手前の樹木に邪魔されながらも山が見えます。
なだらかな所を進んでいくと「万葉の森」の表札が掲げられた丸太小屋があります。
手前には「法宝寺跡」の解説板が倒れていて、
「」と題した地図が載っています。
丸太小屋の左奥の石段を登るとがあります。
以前には「薬師堂跡」の標柱が立っていましたが、この時には見かけませんでした。
法宝寺跡 天平年間に行基が開設した非常に古いお寺です
この場所にはかつて法宝寺がありました。
法宝寺は天平21年(748)僧行基によって建立されたといわれ、全国的に見て非常に歴史が古いお寺です。
戦国時代までの室尾は、出石と京都を結ぶ大きな街道筋に位置し非常に栄えた場所でした。
また、江戸時代になると街道が円山川沿いに開設され、室尾はだんだん衰えていくようになりました。
明治に入ってからは、明治22年に養父郡糸井村室尾となり、この糸井村が昭和30円に養父郡南但町となり、
昭和31年朝来郡和田山町に、さらに平成17年朝来市になりました。
現在、この附近に住む人はいませんが、法宝寺跡をはじめとした遺構によりかつての街道筋のにぎわいがしのばれます。
年号 | 西暦 | できごと |
天平20年 | 748 |
室尾山法宝寺が行基によって建てられた。
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弘仁8年 | 817 |
法宝寺の本尊を弘法大師が開眼し真言宗になると伝えられている。
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寛平年中 | 889 |
京都石清水八幡宮より八幡神社を勧進する。
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鎌倉時代 | |
法宝寺おおいに栄え、15の堂宇を有する。仁王像、阿弥陀如来像つくられる。
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室町時代 | |
法宝寺一帯は京都と出石を結ぶ街道として栄える。
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応仁2年 | 1468 |
夜久野が原の戦いで法宝寺が兵火に焼かれるが、再建される。
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天正5年 | 1577 |
11月9日但馬に侵攻した秀吉軍(小一郎秀長)、法宝寺に制札:破壊略奪の禁止命令を出す。(岡田の法宝寺に現存)
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江戸時代初期 | |
江戸中期以降、街道筋からはずれ法宝寺の勢力衰える。
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大正4年 | 1934 |
八幡神社岡田村に移転。
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昭和9年 | 1955 |
法宝寺庫裏大雪にて倒壊、岡田村に移転。
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昭和30年代 | 1955 |
このころから生活の不便さにより、一軒また一軒と麓への移転が進む。
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「万葉の森」のの所から道が二手に分かれていますが、
正面に登っていく道は少し先で行き止まりなので、左前方に続く道を降っていきます。
入口には「奥多々良木出石線」の赤い標識が立っていて、「No.66 No.67」と書かれています。
左にを眺めながら軽く降っていきます。
すぐの所にがあります。
左の道(*)はキャンプ場へ続いていますが、「室尾山頂1.3km」の標識が指す右の道を登っていきます。
軽く登っていくとが道を塞いでいます。
くぐることも跨ぐことも出来ないので、右側の斜面を高巻いていきます。
何とか倒木を通過すると、すぐの所に防護扉があります。
手前にあった扉と同様に上下に小さなレバーが取り付けられていますが、壊れて半開きになっています。
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植林地に入っていくと、、正面が明るくなった所に「この付近の森(スギ・ヒノキ人工林)」のがありますが、
汚れがひどくて解説文は判読できません。
道は解説板の所から曲がっていきます。
少し先を左へ曲がりながらを横切るように登っていきます。
右へ曲がりながら登っていくと尾根の背に出ます。
法宝寺跡から8分ほどの所になります。
左側にはがありますが、下山時に立ち寄ることにします。
ここはを登っていきます。
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尾根の背を登り始めると、すぐに半壊した「室尾山頂1.1km」のが立っています。
すぐ先には半壊した「21世紀の森入山口」のがあり、
支柱に「室尾山」の小板が取り付けられています。
以前には簡単な解説文を書いた板もあったのですが、この時には見かけませんでした。
が少し生える所を登っていきます。
「国土調査」の赤頭短杭や青頭短杭が続く山道を登っていきます。
植林地に入っていくと、道は左へ曲がっていきます。
曲がり角にはが立っていて、
左へ曲がっていく道は「室尾山頂0.95km」、右の道は「作業路 この先悪路」、今来た道は「法宝寺跡0.35km」となっています。
傍にある切り株には「室尾山」のが取り付けられています。
21世紀の森入山口 山の教室
平成元年より心豊かな人作りを目的に、手作りの森作りを子供たちとやっております。
モミジ・山帽子・コナラの植樹、遊歩道・丸太小屋の整備、子供たちは「良い体験や自然の大切さ」を学びました。
森は子供たちの思い出作りの空間であり、生きるすべを習う教室です。
山の教室
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左へ曲がりながら登って植林地を抜けると、雑木林のに出ます。
ここで道は曲がっていきます。
入口の樹木の袂には「室尾山」の小板があります。
植林地と雑木林を分けるを登っていきます。
少し登り傾斜が増してくると木製の土留めがあります。
傍にはが立っていて、
左の土留めの先に続く道は「室尾山頂0.9km」、右の道は「作業路 この先悪路」、今来た道は「法宝寺跡0.4km」となっています。
傍の木には「室尾山」の小板が取り付けられています。
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キャンプ場分岐
左のの先に続く道を登っていきます。
道には「図根多角」の黄頭短杭も見られます。
雑木林に変わる浅い谷筋まで来ると、涸れ沢を通す金属製のがあります。
U字溝を跨いで雑木林の斜面を横切るように登っていくと分岐があります。
法宝寺跡から21分ほどの所になります。
脇にはが立っていて、
正面の道は「室尾山頂0.8km」、左の道は「キャンプ場」、今来た道は「法宝寺跡0.5km」となっています。
(*)はキャンプ場へ降っていけますが、室尾山へ向かって正面の道を登っていきます。
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雑木林の斜面を横切るように登っていくとに出ます。
正面にはが立っていて、
右へ続く道は「室尾山0.75km」、今来た道は「キャンプ場」となっています。
右へ曲がって尾根を登り始めると、すぐの所にが立っていて、
正面の道は「室尾山0.7km」、今来た道は「キャンプ場」となっています。
標識を過ぎていくと、尾根の右斜面を登るようになります。
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男山分岐
に続く道を登っていきます。
尾根を回り込むように左へ曲がりながら進んでいくと、がある尾根が見えてきます。
植林地になった僅かな谷筋まで来ると分岐があります。
法宝寺跡から29分ほどの所になります。
脇にはが立っていて、
正面の道は「男山0.1km」、左の道は「室尾山頂0.55km」、今来た道は「キャンプ場」となっています。
脇の樹木には「室尾山へ」と書かれた小板が取り付けられていて、左の道を指しています。
正面の道(*)は男山へ続いていますが訪ねるのは省略して、
室尾山へ向かって、左の短いの先に続く道を登っていきます。
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植林地の斜面を登っていくと、程なくしてに出ます。
出た所にはが立っていて、
右に続く道は「室尾山頂0.5km」、今来た道は「キャンプ場」となっています。
右の尾根を登り始めると、すぐの所にある丸太のを過ぎていきます。
展望が得られない植林地のを登っていきます。
次第に傾斜が増してくると、植林地と雑木林を分ける明るい尾根に出ます。
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しばらく続くを息を弾ませながら登っていきます。
やがて、右側にが続くようになります。
が見られるようになる尾根を登っていきます。
雑木林になった尾根を登っていくと、道が分岐(*)してます。
男山分岐から15分ほどの所になります。
標識類は見かけませんが、左の道よりも傾斜が緩そうな右の道を登っていきます。
*左右の道はこの先で合流します。
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雑木林のに続く道を登っていきます。
植林地の手前まで来て、道なりに曲がっていきます。
すぐにに出ると、分かれてきた道が合流します。
ここでも道が分岐していますが、今度も右の道を登っていきます。
尾根のに続くようになる道を登っていきます。
少し左へ曲がりながら登って尾根の背に出ると、分かれてきた道と合流します。
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室尾山 (標高629.5m)
次第にになる尾根を登っていきます。
近づいてくるに向かって登っていきます。
左の樹間にを眺めながら登っていきます。
程なくして、小広くなった室尾山の山頂に着きます。
男山分岐から25分ほど、法宝寺跡から54分ほどで登って来られました。
中ほどには「岡田山」があるので、地形図に載っている629.5m峰になるようです。
以前に来た時には「室尾山 六二九.七米」の標柱が立っていましたが、この時には三角点の傍に倒れています。
その代わりに、「室尾山629.7m」の小さな標識があります。
周囲には樹木が茂っていますが、冬枯れの樹間から僅かに山並みが見えます。
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東にはが続いているので、眺めが広がる所を求めて少し歩いてみます。
軽く降って緩やかになった尾根を進んでいくと、僅かなになります。
北北東の方角に高そうな山が見えてきますが、方角からするとでしょうか。
北北西の方角にはと思われる山も見えます。
更に進んでいくと、僅かな高みに着きます。
南南東の方角には電波塔が立つ山が見えますが、方角からするとでしょうか。
この先は降り坂になるので、ここで引き返すことにします。
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元来たを引き返してきます。
程なくしての山頂が見えてきます。
になる尾根を進んでいきます。
傾斜が緩やかになると、往復8分ほどで室尾山に戻ってきます。
丁度昼時になったので、三角点の傍にあるに腰かけて昼食タイムにしました。
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お腹が満ちたところで、を引き返していきます。
降り傾斜が増し始める所まで来ると、尾根のを降るようになります。
緩やかな尾根の背に出ると、右肩にを巻かれた樹木があります。
そこから踏み跡が続いているので歩いていきます。
少し左へ曲がりながら降っていくとに出ます。
登ってきた道は尾根を跨いで前方へ降っていきますが、右の尾根の背を降っていきます。
思いのほか傾斜がある尾根を降っていくと、分かれてきた道が左から合流してきます。
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少し傾斜が緩んで歩き易くなるを降っていきます。
少しが見られる尾根を降っていきます。
植林地と雑木林を分けるを降っていきます。
次第に降り傾斜が増してくるとへ入っていきます。
傾斜が緩やかになって丸太のベンチを過ぎていくと、
「室尾山頂0.5km」「キャンプ場」の標識が立つ曲がり角に着きます。
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男山分岐
「キャンプ場」の標識に従って、左へ続く少しを降っていきます。
の斜面を横切るように降っていきます。
短い横木の階段を降っていくと分岐に出ます。
室尾山から13分ほどの所になります。
脇には「室尾山頂0.55km」「男山0.1km」「キャンプ場」のがあります。
男山(*)を訪ねるのは省略して、
「キャンプ場」の標識に従って、戻るようにして続く元来た道を進んでいきます。
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キャンプ場分岐
植林地の斜面を横切るように降っていくとになります。
アセビが少し生える所を過ぎていくと、植林地になったに出ます。
程なくして、「室尾山0.7km」「キャンプ場」のを過ぎていきます。
傾斜が緩やかになると、「室尾山0.75km」「キャンプ場」のが立っています。
曲がって、雑木林になった斜面を横切るように降っていきます。
冬枯れの樹間から僅かに山並みを眺めながら降っていくと、
「室尾山頂0.8km」「法宝寺跡0.5km」「キャンプ場」の標識が立つ分岐に着きます。
男山分岐から6分ほどの所になります。
キャンプ場へ降る右の道(*)は見送って、「法宝寺跡0.5km」の標識が指す元来た正面の道を進んでいきます。
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少し左へ曲がりながら降っていくと、涸れ沢を通す金属製のがある浅い谷筋を回り込んでいきます。
植林地の斜面を降って石垣や土留めがある所まで来ると、
「室尾山頂0.9km」「法宝寺跡0.4km」の標識が立って「室尾山」の小板が取り付けられた木がある作業路とのに出ます。
右へ曲がって降っていくと、雑木林のに出ます。
樹木の袂には「室尾山」の小板があります。
左へ曲がって、の斜面を斜めにを降っていきます。
右へ曲がる所まで来ると、「室尾山頂0.95km」「法宝寺跡0.35km」の標識が立って「室尾山」の小板が取り付けらた切り株がある作業路との分岐に出ます。
男山分岐から13分ほどの所になります。
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67番鉄塔
を見ると、すぐそこに送電線の鉄塔が見えるので、ちょいと立ち寄っていきます。
僅かな踏み跡を辿っていくと、すぐに送電線の鉄塔「奥多々良木出石線六七」に出ます。
周囲には樹木が茂っていて眺めは広がりませんが、が明るくなっているので進んでいきます。
樹木が伐採された明るい所に出ると、右側にはが広がります。
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里山体験学習館
往復4分ほどで登山道まで引き返してきます。
太い竹が少し生える道を降っていくと、程なくして樹木の袂にある「21世紀の森入山口」のの所に戻ってきます。
すぐ先にある「室尾山頂1.1km」の標識を過ぎていくとに出ます。
登ってきたのは左の道になりますが見送っていきます。
正面の開けた所を進んでいくと「室尾地区の文化財」と題したがありますが、
法宝寺跡の一段低い所の道にあるのと同じ解説文になっています。
法宝寺跡にあった解説板と同様のも載っていますが、
「現在位置」がこの先にある室尾城跡の位置になっています。
ススキが茂って道が分り難い所を左前方へ降っていくと、建物が二つあります。
男山分岐から23分ほどの所になります。
には「里山ギャラリー」「室尾里山保存会」「山の教室 室尾小屋」の標識が掲げられています。
には「里山体験学習館」の標識が掲げられていますが、
周囲にはススキが茂っていて使われている様子はありません。
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切通
奥の建物の右側を進んでいくと、左へ降っていくがあります。
広い道を降り始めるとがあります。
以前に来た時にはしっかりとしていましたが、この時には倒壊していました。
小屋を過ぎて降っていくと、右下にとその先に延びる舗装路が見えてきます。
東屋や舗装路を眺めながら広い道を降っていくと切通のような所に降り立ちます。
里山体験学習館から4分ほど、室尾山から40分ほどで降りて来られました。
(*)を30mほど降ると、
先ほどから見えている東屋や舗装路へ出られますが見送っていきます。
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左の切通にはが立っていて、
左の道は「法宝寺跡200m」、右の横木の階段は「室尾城跡180m」となっています。
(*)は法宝寺跡へ続いていますが見送っていきます。
今回は室尾城跡へ向かって、「室尾城跡180m」の標識が指す右のを登っていきます。
階段はすぐに終って、雑木混じりの植林地の緩やかな尾根になります。
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室尾城跡
程なくしてが増してきます。
傾斜が弛んでくると、生い茂るの中を進んでいきます。
アセビが茂る所を過ぎていくと、脇に半壊したがあります。
石祠を過ぎていくと、すぐに雑木の疎林になった広めの所に出ます。
切通から5分ほどの所になります。
左側にはなどが沢山並んでいます。
脇にはと思われるものが設置されていますが、
解説文が書かれていた表面の板は剥がれ落ちたような雰囲気です。
他に標識類は見かけませんが、この辺り一帯が室尾城跡のように思えます。
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先へ続くを進んでいきます。
尾根には「図根多角」の黄頭短杭や「国土調査」の青頭短杭が点々と続いています。
少し左へ曲がりながら軽く降っていくとになります。
軽く降っていくと、踊り場のようながありますが、
かつて室尾城の曲輪があった所でしょうか。
平坦地を過ぎて少し降っていくと、また曲輪跡のような平坦地があります。
室尾城跡から10分ほどの所になります。
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平坦地を過ぎるとが増してくるので、脇の樹木に手を掛けたりしながら降っていきます。
樹木の密度が少し増してする所もありますが、行く手を阻むほどではありません。
もあったりして、あまり快適ではない尾根が続きますが、降るのに問題はありません。
右前方の樹間に僅かに山並みを眺めながら降っていきます。
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登山口
引き続き「図根多角」の黄頭短杭や「国土調査」の青頭短杭が見られる尾根を降っていくと、
右前方の樹間にが見えてきます。
少し曲がって、傾斜が増してくる尾根を降っていきます。
になった1mほどの細い木を見かけますが、雷が落ちたのでしょうか。
車道の傍まで降りてくると、最初に歩いていったが茂る道に出ます。
右へ曲がっていくと、すぐに「法宝寺跡0.7km」「キャンプ場0.7km」の標識が立つ登山口に出ます。
室尾城跡から25分ほどで降りて来られました。
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室尾地区
左へ続くを引き返していきます。
道なりに右へ曲がっていくと、右上にあるにシカが入っていました。
「シンムロオ35N16」や「室尾30DR16」の小札が取り付けられた電柱まで来ると、車を止めておいた駐車地に着きます。
登山口から2分ほどの所になります。
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