西床尾山
概 要 西床尾山は豊岡市出石町と養父市和田山町の境に聳える標高843mの山です。 山頂の北東側や西側が開けていて、山並みを見渡すことができます。 登山ルートは幾つかあって、東床尾山と一緒に登ることも多いようですが、 今回は奥山地区から西床尾山に登って、少し引き返し掘場地区へ降るルートを歩きます。
起 点 豊岡市出石町 奥山地区
終 点 豊岡市出石町 奥山地区
奥山地区…床尾登山口…旧奥山金山坑道入口…尾根取付点…尾根の肩…小ピーク…646m峰…奥山・堀場分岐…762.7m峰…西床尾山…762.7m峰…奥山・堀場分岐…517m峰…掘場バス停…奥山地区
所要時間 4時間10分
歩いて... 登り道では傾斜が急な所がかなりあって、脹ら脛が痛くなりました。 奥山地区からの登りルートには桃テープが点々と取り付けられ、藪などもなくて分かり易くなっていました。 掘場地区への降りルートには青テープや桃テープが点々と取り付けられていましたが、 樹木が少し煩わしい所や、道が分かり難い所もありました。
関連メモ 西床尾山, 桝水の大滝, 西床尾山
コース紹介
奥山地区
豊岡市出石町のほたる橋から県道10号を南下していきます。 県道255号を分けて、奥山川沿いに進んでいきます。 奥山地区の集落への道が離合する新出合橋若宮橋を渡っていくとが架かっています。 左上にはがありますが、 この時には建築工事・電気設備工事が行われていて立入禁止になっていました。 奥山橋を渡ったすぐの所から、右にある奥山ほたるビレッジへの道が分かれています。 その入口が小広い駐車スペースになっていたので、ここに車を止めさせて頂きました。
自然郷 奥山
出石の街から南方約8km、床尾山麓にあるこの里「奥山」は、その名からも村の様子は容易に想像できる。 大正期には40戸近くあった家も現在19戸と減り、いわゆる過疎現象の著しい地である。 福住小学校の奥山分校もあったが、児童数の減少により、昭和45年に廃校となった。 その地に今は公民館が建てられている。 然し今から370、80年の昔には鉱山の町として盛へたこともあり、茗荷谷には本覚寺(現在出石町にある)跡がある。 当時はここにも相当の人家があったことも予想できる。
奥山金山  慶長17年に開坑、元和・寛永年間に盛へたが、その後廃坑となる。 この鉱山の地名を「立町」というが、『立町千軒』と往時の言い伝へがある。
床尾山  東西二峰(東839m、西847m)がこうもりの翼を張ったような形で聳へ立ち、その眺望は雄大であり、 昭和36年に出石・糸井県立自然公園に指定される。
奥山地区は「茗荷忍者」の伝説が残る隠れ里でもあるようです。 古民家手打ち蕎麦のお店「剣」では、田舎そば・忍者そば・しし丼などのメニューがあるようです。 懐かしい農機具・生活道具の展示、昔の遊び体験、そば打ち体験も出来て、茗荷忍者ケンタも待っているとのことです。
床尾登山口
駐車スペースの道路向かいが登山口になります。 入口には「出石糸井県立自然公園」の解説板が立っています。 脇には「床尾陽光の森(床尾登山口)」の標識と「床尾陽光の森案内図」が倒れていました。 以前に来た時にははしっかりと立っていました。 以前に見かけたの方が汚れが少なくて見やすいので、そちらを載せておきます。
出石糸井県立自然公園
昭和36年に東床尾山(839m)及び西床尾山(847m)を中心とする山丘地帯が出石糸井県立自然公園に指定される。 出石、朝来、養父にまたがり近くの諸山中に頭角を現す床尾山の眺望は殊に雄大である。
床尾清流  この地点から谷に沿って上がると西床尾山である。 その谷は自然の岩肌が川床となり支流が岩を縫って走り山魚のおどる姿も見られる。 谷沿いの山裾には大きな岩壁がそびえ立つ。 左手の上がると見事な滝が流れ山合いに茂る古木が四季の彩りを綾なす。
奥山金山  慶長から元和、寛永年間に盛えた鉱山跡がこの上にあり、今も幾つかの廃坑穴が当時を偲ばせる。
キャンプ場  自然に親しみ自然の中に生き鍛える野外活動も四季を通じて楽しむことができる。
自然郷奥山  出石町の町から南方約8km床尾山麓にあるこの里奥山に大正期に40戸近くあった家も現在は減りいわゆる過疎現象の著しい地である。 然し今から約400年の昔は鉱山の町として盛えたころもあり茗荷谷には本覚寺(現在出石町)跡があり当時はここにも相当の人家があったとも相想できる。
この案内板は緑の募金により整備しました。
旧奥山金山坑道入口
床尾清流が流れる谷筋に続くを登っていきます。 砂防ダムを過ぎていくと、岩盤になった清流のすぐ脇を進むようになります。 少し道幅が広がった所を過ぎると、のような所があります。 その先の植林地の手前に小広くなった所があります。 床尾登山口から4分ほどの所になります。 脇には「」があります。 案内図は先ほど見かけたのとほぼ同じですが解説文が載っていました。 ここは案内図に「P」の記号が描かれている所になります。 ここまで車で来ることができるようですが、路面が少し荒れた所もあるので止めておいた方が良さそうです。 傍にはベンチもありました。 小川の傍には「旧奥山金山坑道入口」のが立っています。 の先に続く床尾陽光の森の歩道を進んでいきます。
床尾陽光の森案内図
この森は、かつては里山林として人々に親しまれ薪や炭を作るために活用されてきたコナラ林やアカマツ林、棚田跡に植林されたスギやヒノキの人工林があります。 谷沿いには岩肌の美しい床尾渓流が流れ、春にはコバノミツバツツジやトキワイカリソウ、オオイワカガミの美しい花が見られます。 また、棚田をぬけると廃坑穴があり、江戸時代に奥山金山として栄えた跡が見られます。 西床尾山への登山口にもなります。
たきび、たばこの吸殻やごみの投げ捨てはやめましょう。
樹木を大切にしましょう。
【”ひょうご豊かな森づくり構想”に基づく里山林整備事業】
この区域は、地域の皆さん方のご協力のもと、景観や多様な動植物を保全し、保健や森林学習の場に活用するため、 県内の林地を開発した方々の協力金により、森林の整備や歩道の開設などを行いました。
平成8年12月 兵庫県・出石町・(社)兵庫県森と緑の公社
になった小川沿いに続く歩道を進んでいくと分岐があります。 旧奥山金山坑道入口から3分ほどの所になります。 案内図に載っている最初の分岐になるようです。 角にはが立っていて、 小川沿いに続く左の道(*)は「あずまや」、正面の横木の階段は「立町金山跡0.5km」となっています。 ここは正面に続く横木の階段を登っていきます。
*後日に左の道を歩きました。 (「桝水の大滝」を参照)
植林地に続くを登っていきます。 彼方此方からカエルの鳴き声が聞こえてきました。 からも聞こえてくるので、 踏み付けないようにと思って探しますが、落葉や石の下にいるのか、その姿は見えません。 の跡が多く見られるので、以前には棚田が続いていた所なのでしょうか。 周囲の様子を眺めながら登っていくと分岐があります。 旧奥山金山坑道入口から6分ほどの所になります。 案内図に載っているX字路の分岐になるようです。 角にはが立っていて、 正面の道は「立町金山跡0.4km」、左の道は「あずまや」、右の道は「立町金山跡0.6km」となっています。 柱に板が取り付けられていて、正面の道は「深緑の小道」、右の道は「ゆっくり落葉の小道」となっています。 案内図によると、正面の道も右の道もこの先で合流するようですが、右の道を進むことにしました。
尾根取付点
植林地の斜面を横切るように進んでいくとが現れます。 尾根を跨いで左へ曲がりながら登っていきます。 尾根の背に出たり右側や左側の肩を進んだりしながら続く横木の階段まじりのを登っていきます。 に真っ直ぐ続くようになった広めの道を登っていきます。 滑車が付けられたを過ぎていくと分岐があります。 旧奥山金山坑道入口から16分ほどの所になります。 左の緩やかな道にはベンチが設置され、「落葉広葉樹林」の解説板もありました。 には桃テープが取り付けられ、「西床尾山」の標識がその尾根を指しています。 ここで床尾陽光の森の歩道と分かれて、正面の尾根を登っていきます。
(桃テープは西床尾山の山頂まで点々と取り付けられていて、ルートを示していました)
落葉広葉樹林(コナラ−オクチョウジザクラ群集)
奥山周辺の落葉広葉樹林は、植生学的にコナラ−オクチョウジザクラ群集とされるもので、 林内にトキワイカリソウ、オオモミジといった日本海側多雪地帯の植物鵜が見られます。 この林ではかつて、定期的な伐採、下刈り、落ち葉掻きなどの管理が行われていました。 これらの伐採木は薪や炭に、落ち葉は田畑の肥料として利用されてきました。 ここでは伝統的に行われていた樹林の管理をして落葉広葉林を維持しています。 秋にはオオモミジ、コハウチワカエデなどの美しい紅葉が見られます。
左の樹間から僅かにを眺めながらを登っていきます。 写真ではよく分かりませんが、かなり傾斜が急で、次第に脹ら脛が痛くなってきました。 点々と取り付けられているを確認しながら、ゆっくりと登っていきました。 益々傾斜が増してくるので、辺りの樹木に掴まりながら登っていくと緩やかな所に着きました。 尾根取付点から9分ほどの所になります。
疲れを癒しながら、歩き易くなったを進んでいきます。 程なくして、またが増してきた尾根を登っていきます。 傾斜が緩やかになってきた尾根を進んでいくと、僅かな高みに着きます。
軽く降っていくと、またになります。 左から近づいてくるを眺めながら登っていきます。 支尾根と合流すると、傾斜が少し緩やかになります。 尾根取付点から18分ほどの所になります。
尾根の肩
少し右へ曲がって、傾斜が緩んだ尾根を進んでいくとが現れます。 その手前には「34」と書かれたとコンクリート杭がありました。 へ入っていくと次第に登り傾斜が増してきます。 伐採木や落ち葉などがあって道が少し分かり難くなりますが、 引き続き点々と取り付けられている桃テープを確認しながら登っていきます。 やがて上の方が明るくなってくると、が見えてきます。 そこへ向かって登っていくと、傾斜が緩んだ尾根の肩に着きました。 尾根取付点から30分ほどで登って来られました。 地形図によると、762.7m峰から西へ延びる尾根の西端になるようです。
左へ曲がって、緩やかになったを進んでいきます。 吹き上がってくる心地良い谷風に涼みながら進んでいきます。 傾斜が増してきたを登っていきます。 右側の樹間から僅かにを眺めながら登っていくと緩やかな所に着きます。
小ピーク
緩やかになったを進んでいきます。 左側の樹間からを眺めながら進んでいくと、 次第にが増してきます。 先ほどから吹き上がってきている心地良い谷風に癒されながら登っていくと小ピークに着きます。 地形図によると、646m峰の西270m辺りにある標高610mほどの高みになるようです。 尾根の肩から17分ほどの所になります。
僅かに降って、から登り返していきます。 傾斜が緩やかになると、少し曲がりながら進んでいきます。 登り坂になってくると、を越えていきます。 軽く降って、緩やかになった尾根を進んでいきます。
646m峰
軽い登り坂になって、を越えていきます。 軽く降って、緩やかになったを進んでいきます。 程なくして登り坂になってくる尾根を進んでいくと、左の樹間からが見える所がありました。 傾斜が緩やかになると、大きな松の木が何本か生える緩やかな所に着きます。 中ほどにはとコンクリート杭がありました。 他に標識類は見かけませんでしたが、ここが地形図に載っている646m峰になるようです。 尾根の肩から28分ほどの所になります。
緩やかになったを進んでいきます。 程なくしてが増してきます。 右からはが近づいてきます。 上の方が明るくなってくると益々傾斜がなってくるので、周囲の樹木に掴まりながら登っていきました。 正面の高みを避けるようにして続く桃テープに従って、少し曲がりながら登っていくと、 緩やかになった浅い鞍部に着きました。 地形図によると、646m峰の東南東150m辺りにある標高680mほどの尾根になるようです。
奥山・掘場分岐
軽いになった尾根を進んでいきます。 次第に傾斜が増してくるを登っていきます。 落葉が厚く積もっている所もあるので、少なめの所を選びながら登っていきました。 右から近づいてくるを眺めながら登っていくと、 少し樹木が減って明るくなった緩やかな高みに着きました。 地形図によると、762.7m峰の西200m辺りにある標高710mほどの緩やかな尾根になるようです。 646m峰から15分ほど、尾根取付点から1時間13分ほどで登って来られました。 中ほどには黄短杭と赤頭黒短杭があり、その袂にが落ちていました。 裏返してみるとになっていて、 左へ続く尾根は「西床尾山」、右へ降る尾根は「掘場」、今登って来た尾根は「奥山」となっていました。 掘場地区へ降る右の尾根は下山時に歩くことにして、 西床尾山へ向かって左の尾根を進んでいきました。
目指すと思われる高みを左前方の樹間から眺めながら、 緩やかになったを進んでいきます。 程なくして軽いになってくる尾根を進んでいきます。 少し右へ曲がりながら降っていくとくと浅い鞍部に着きます。 左側には緩やかなが広がっていました。
762.7m峰
鞍部からを登り返していきます。 次第にが増してくると、上の方が明るくなってきます。 吹き上がってくる谷風を心地良く感じながら、厚く積もったを避けながら急な斜面を登っていきます。 左へ伸びるが近づいてくると、 少し樹木が減って明るくなった尾根の肩に登り着きます。 脇には「桐谷」があるので、 地形図に載っている762.7m峰になるようです。 奥山・掘場分岐から10分ほどの所になります。
四等三角点
基本
No.113521
この測量標はすべての測量の基準です。三角点を大切にしましょう。
国土地理院
左へ続くを進んでいきます。 右側の樹間からを眺めながら尾根を登っていきます。 次第に傾斜が増してくるを登っていくと、 上の方が明るくなってきます。
左へ曲がって登っていくと、が現れます。 それが伸びる尾根を登っていくと、樹木が伐採されたに出ました。 先の方に見える電波設備へ向かっていくと、「和田山町ケーブルテレビ」の銘板が取り付けられていました。 振り返ると、幾重にも連なるが見えました。
西床尾山 (標高843m)
電波設備の左側を抜けて、その先のを進んでいきます。 が茂るようになった尾根を真っ直ぐ登っていきます。 傾斜が緩んでくると、右側半分が植林地になったに着きます。 中ほどには「西床尾山 八四三米」の標柱が立っています。 標石などは見かけませんでしたが、ここが地形図に載っている843m峰西床尾山になります。 奥山・掘場分岐から26分ほど、床尾登山口から2時間3分ほどで登って来られました。
山頂の北東側が開けていて、東床尾山へ続く尾根などを眺められます。 少し樹木が邪魔をしているのが残念ですが、 にも山並みが広がります。 お昼にはまだ早い時刻でしたが、手頃な所にシートを広げて昼食タイムにしました。
歩いている途中でデジカメがバッテリー切れにならないよう、予備バッテリーに交換しようとしますが見つかりません。 今回に限って持ってくるのを忘れたようです。 登って来る時に限界近くまで枚数を写したので、同じペースで写していると、最後の駐車スペースまでバッテリーが持たないのは明らかです。 いつもは電源を入れっぱなしでパシャパシャ撮りながら歩いていますが、 写す枚数を大幅に減らし、写したらすぐに電源を切るようにして、常にバッテリーを気にしながら歩くことになりました。
お腹も満ちたところで、西床尾山から下山していきます。 山頂からは道が二手に分かれていて、各方面を示す標識が幾つか設置されています。 へ続く道は「東床尾山まで約60分」となっています。 (*)へ降る道は「急な尾根道」となっています。 余裕があれば東床尾山まで足を延ばそうかと思っていたのですが、往復2時間もかかるようなので今回は省略して、 「滝谷口・堀場・山ノ内・奥山 各方面下山口」の標識が指す今回登って来た道を引き返していきました。 林を抜けて降っていくと、すぐに電波設備のある開けた所に出ます。
*後日に羅漢谷から登ってくる道を歩きました。 (「西床尾山」, 「西床尾山」を参照)
762.7m峰
電波設備の右側を過ぎていきます。 開けた所が終わって樹木が茂るようになった尾根を少し降っていくと、右へ曲がっていきます。 登って来る時には気が付きませんでしたが、南南東への尾根が分かれていました。 この時も桃テープが大いに頼りになりました。 登って来た時の事を思い出して、を降っていきます。 左の樹間からを眺めながら降っていくと、 四等三角点のある762.7m峰に着きます。
奥山・掘場分岐
762.7m峰でも尾根が正面へ分かれていますが、 登って来た時の事を思い出してを降っていきます。 に着いて、その先へ登り返していきます。 に着いて進んでいくと、 少し樹木が減って明るくなった奥山・掘場分岐に着きます。 山頂から16分ほどで降りて来られました。 当初の予定通り、標識の指す「堀場」へ向かって、青テープが取り付けられている所から、正面の尾根を降っていきます。
堀場地区へ降るには主に青テープが点々と取り付けられていましたが、桃テープも時々見かけました。 を緩やかに降っていきます。 少し登り坂になってくると、左側の樹間からが見えました。 青テープが取り付けられた僅かな高みに着くと、尾根が二手に分かる分岐になっています。 奥山・掘場分岐から6分ほどの所になります。 左の尾根は南へ降っていくので、桃テープが取り付けられているを降っていきます。
右側の樹間から僅かにを眺めながら、少し傾斜が緩んできた尾根を降っていきます。 少し傾斜が増してきたを降っていきます。 軽く登るようになった尾根を進んでいくと、僅かな高みに着きます。 奥山・掘場分岐から10分ほどの所になります。 ここで、尾根は少し曲がっていきます。
緩やかになった尾根を進んでいくと、程なくして少し曲がっていきます。 少し傾斜が増したを降っていきます。 次第に傾斜が緩んできて、雑木林と植林地を分ける尾根を降るようになると、緩やかになったに着きます。 鞍部から軽く登り返していくと、青テープが取り付けられた僅かな高みに着きます。 奥山・掘場分岐から20分ほどの所になります。
517m峰
になった尾根を降っていきます。 再び雑木林と植林地を分けるを降るようになります。 程なくして、尾根は少し曲がっていきます。 緩やかな雑木林になった先で少し登り坂になってくると、僅かな高みに着きます。 標識類は見かけませんが、地形図に載っている517m峰になるようです。 奥山・掘場分岐から28分ほどの所になります。 ここで尾根は少し曲がって降っていきます。
植林も少し混じるようになった雑木林のを緩やかに降っていきます。 を過ぎると、 正面から来てへ降っていく広い道曲がり角に出ました。 にも尾根が伸びていて、進路が三方向に分岐している所です。 奥山・掘場分岐から33分ほどの所になります。 標識類はないかと見回していると、中ほどに青テープが取り付けられているばかりでした。 青テープがどの道を示しているのかよく分かりませんでしたが、正面の広い道を降っていきました。
このは林道なのかと思いながら降っていきます。 次第に尾根の背から外れて左斜面を降るようになると、突如として道が不明瞭になりました。 金網柵で使われる支柱のようなものが左へ戻るようにして続いていたので、 それに沿うように折れ曲がって降っていきました。 直ぐに明るくなってくると、背丈の低い草が生い茂る広い道に降り立ちました。 先ほどの広い道曲がり角から5分ほどの所になります。 正面にはが見えました。 左右に通るこの広い道は地形図に破線で載っている道のように思えたので、 ここは緩やかで広い道進んでいきました。
大きな倒木を跨いでいくと、生い茂る草がなくなってになってきます。 少し降り傾斜が増してくると、またが少し茂るようになります。 程なくして正面の樹間に見えてくるの建物へ向かって降っていくと、その建物の傍に出ました。 奥山・掘場分岐から45分ほどで降りて来られました。 これで山道は終わりになります。
右へクランク型に折れ曲がって、山際に続くされた道を進んでいきます。 道に沿って建物が幾つかありましたが、今では使われていない様子でした。 をクランク型に左へ折れ曲がっていきます。 左にはなだらかな所が広がっていて、以前は牧場だったという情報もありますが、詳細はよく分かりません。
最後の建物を過ぎるとになります。 少し曲がりながら、緩やかに降っていきます。 眺めが広がってくると、大きく曲がっていきます。 少し降った先を道なりに曲がっていくと舗装路になります。 僅かな植林地になった所を右へ曲がっていきます。
掘場バス停
正面にを眺めながら降っていきます。 を過ぎると、左右に通る舗装路に出ます。 牧場跡に降り立った所から12分ほどで降りて来られました。 右の道の先には掘場地区の集落が見えていますが、県道10号へ向かってを進んでいきます。
舗装路を4分ほど降っていくと、左右に通るに出ます。 右へ続くを登っていきます。 朝来市と豊岡市の市境になっているまで来て降り始めると道が分岐していますが、 道なりに右へ曲がって降っていきます。 を過ぎていくと、右側に稜線が広がってきます。 手前にある尾根が今回登っていった尾根で、左奥に聳えているのが西床尾山でしょうか。
円山川水系奥山川 国土交通省奥山雨量観測所
兵庫県出石郡出石町奥山
昭和62年10月観測開始
標高364m 北緯35°24′06″ 東経134°52′54″
国土交通省 豊岡河川国道事務所
奥山地区
しばらく北東へ進んでいくと、僅かなのような所を過ぎていきます。 道なりに大きく右から左へと曲がりながら降っていきます。 左下の谷筋にあるを過ぎていきます。 右へ登っていくの入口に、「奥山地区野外緑地広場施設」と題した看板がありました。 右の小径の上にその広場があるのかも知れませんが、確認するのは省略しました。 小径を見送った先を道なりに右へ曲がって降っていくと、車を止めておいた駐車スペースがあります。 掘場バス停から32分ほどで到着しました。
バッテリー切れを気にしながら使ってきたデジカメですが、何とかここまで切れずに持ちました。
奥山地区野外緑地広場施設
事業名 新農業構造改善事業
自然環境活用施設整備事業
施行年度 昭和60年〜昭和61年度
事業概要 多目的広場一面 便所棟一棟15.68u(水道、シャワールーム完備) 附帯施設一色
事業主体 奥山観光営農組合