概 要 |
向山は丹波市にある標高568.8mの山です。
山頂や途中の展望所などからは山並みを眺めることが出来ます。
今回は水分れ公園を起終点として、観音堂登山口から登って、珪石山を経て水分れ公園の奥の林道へ降るルートを歩きます。
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起 点 |
丹波市氷上町 石生地区
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終 点 |
丹波市氷上町 石生地区
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石生地区…観音堂登山口…二の山…岩座展望所…三の山…亜炭展望所…四の山…松の台展望所…深坂北峰…ツツジが岡展望所…向山…向山平展望所…五の山…蛙子展望所…蛙子峰…珪石山…(ロープ場)…318m峰…分水界展望所…林道…水分れ公園…石生地区
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所要時間 |
4時間10分
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歩いて... |
登山道を示す標識が点々と設置されていて分かり易くなっていました。
尾根にはツツジが咲いていて綺麗でした。
珪石山から水分れ公園へ降るルートにはロープが張られた急坂が続きました。
分水界展望所から先の道を間違えて、急な尾根を降ることになりましたが、無事に林道へ降りることが出来ました。
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関連メモ |
清水山,
宝来山
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石生地区
北近畿豊岡自動車道を氷上ICで降りて、県道7号を南下していきます。
稲継交差点を左折し横田交差点を右折していくと、JR福知山線の石生踏切があります。
踏切を渡った所にある水分れ交差点を直進していくと、左側に水分れ公園駐車場があるので、ここに車を止めました。
周囲には「」、「中央分水界と石生の水分れ」、「日本一低い中央分水界と水分れ公園」などの案内板があります。
「」もありますが見え難くなっていました。
水分れ公園案内図
本州一低い分水界に作られた公園には、人口の滝や分水界を象徴する水分れの池、野外ステージ、子供広場、資料館などがあり、
水と親しみながら自然とふれあうコミュニティの場としています。
中央分水界と石生の水分れ
ここは日本列島の背骨『中央分水嶺』の線上にあるところです。
この看板の右側の道路が中央の「分水界」で、中央より左側(北側)の雨水は由良川を流れて日本海へ、
一方は右側(南側)の雨水は高谷川から加古川へ注いでいます。
後方に見える山のふもと「石生交差点」から前方の山すそ「水分れ公園」の奥までの1250メートルの間は全く平地のなかで分水しえおり、
標高95.45メートルは日本一低い谷中分水界です。
日本一低い中央分水界と水分れ公園
日本列島に降った雨は川となり、日本海側か太平洋側のどちらかへ流れ出ます。
どちらに流れるか?という境を中央分水界といい、列島を縦に走り、たいていは高い山に位置しています。
しかし、兵庫県氷上町のこのあたりは高谷川を境に北は日本海へ、南は太平洋側へ流れるという日本一低い場所にある分水界となっています。
【水分れ公園】
高谷川の上流には日本一低い分水界を記念して、水分れ公園があります。
公園の中は人口の滝や分水界を象徴する水分れの池や野外ステージ、子供広場などがあり、水と親しみながら自然とふれあうことができます。
【水分れ資料館】
公園の入り口には、中央分水界と周辺の自然や産業の特徴などを説明した資料館があります。
【向山】
水分れ公園の奥には向山に登る登山道が続き、森林浴や野鳥観察の楽しめるハイキングコースです。
【丹波年輪の里】
木を使ったっ生活を提案・創造する施設で、木工のできるクラフト館や木の館があります。
近畿自然歩道 環境省・兵庫県
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観音堂登山口
水分れ公園駐車場を出て北へ向かっていくと、曲がったがあります。
角には近畿自然歩道の道標が立っていて、
左の道は「兵主神社6.4km」、右の道は「水分れ公園0.4km」、今来た道は「丹波年輪の郷2.4km」となっています。
右の角にある「向山連山 観音堂登山口」のに従って、右前方の道を進んでいきます。
程なくして道がに分かれていますが、
脇にある「向山連山 観音堂登山口」の標識が指す右側の道を進んでいきます。
坂道を軽く登って小広い所に着くとがあります。
傍にがありますが、これが観音堂でしょうか。
小祠の脇に登山口があります。
駐車場から3分ほどの所になります。
入口には「観音堂登山口」や「向山連山登山道入口」のがあります。
岡の森観音堂の由来
滝山(観音さんの裏山)の麓に光方禅寺(建立は元禄の頃)というお寺があり、
三体の仏像(観世音菩薩像、薬師如来像、阿弥陀如来像)が祀られていました。
光方禅寺は明治の初めに廃寺となりました。
最後は尼さんで、この集落(地頭)の守り本尊でお陰をいただいていました。
当時の世話人が仏像を現在地に安置し、そこに公会堂を併設。
親睦と信仰の場として、村人の心のよりどころとしていました。
公会堂は昭和24年に公民館として現在地に移転しましたが、
観音さんは地元の人たちによって、今もお祀り続けられています。
春と秋のお彼岸には、当番や地域の人たちが、区民の無病息災を祈って数珠繰りを行っています。
(平成23年度版 広報「地頭」より)
向山連山登山道入口
向山連山は全て私有地です。
所有者のご理解で登山道は出来ております。
草木等は持出禁止です。
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すぐに樹木が伐採されてに出ます。
森へ入っていくと、左への曲がり角に「向山登山道」のが立っています。
同様の標識はこの先にかけて点々と設置されていて、登山道のルートを示しています。
袂には「向山連山登山道は真直に行かず左に折れ桜林の上へ」と書かれた板が落ちています。
右へ曲がりながら登っていくとがあります。
脇には「登山口」の標識が立っています。
上下の小さな回転レバーを回して通過していきます。
下部にトタンが設置されたに沿って登っていきます。
1分ほど登っていくと、再び防護扉があります。
観音堂登山口から5分ほどの所になります。
中ほどにある長い回転レバーを回して通過していきます。
登山口
扉は必ず閉じること
猪がでます
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植林地の尾根を登っていくと少しになりますが、
歩き難いようで、脇に明瞭な踏み跡が続いています。
窪みがなくなった尾根を登っていくと、各所でが咲いていました。
ツバキも時折見かけました。
「向山連山登山道」などの標識を確認しながらを登っていきます。
次第にが増してきて、脹脛が痛くなってきました。
何度も曲がりながら、尾根を登っていきます。
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引き続き、曲がりながらを登っていきます。
次第に正面がなってきます。
傾斜が緩やかになってくると、「滝山古墳」と「向山連山登山道」のが立っています。
振り返ると「滝山古墳」の解説板がありましたが、どこに古墳があるのかよく分かりませんでした。
滝山古墳
向山連山登山道
向山連山は全て私有地です。
所有者のご理解で登山道は出来ております。
草木等は持出禁止です。
滝山古墳
この古墳は、標高298mの滝山山頂下に位置しており、眼下には、日本一低い谷中分水界が広がっています。
昭和33年に偶然発見され、石英斑岩の板石で組まれた箱式石棺内部から、40歳位の男性人骨と鉄剣・鉄鏃・銅鏃が確認されたが、
頭蓋骨と副葬品は持ち出され、所在不明になっている。
その後、平成3年に崩壊や乱掘から保護するため、発掘調査を行ったところ、
もとは石棺内面(長198cm・北幅38cm・南幅32cm)や3枚の蓋石裏面には、赤色顔料が塗布され、
石材のつなぎ目などは粘土で目貼りした密閉状態であったことが判明した。
また、新たに銅鏃・鉄鏃・鉄槍・鉄斧なども見つかったことから、古墳時代前期後半頃(約1600年前)に造られたものと思われる。
なお、人骨は今も石棺の中で眠っている。
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二の山 (標高300.0m)
標識を過ぎて、尾根のを進んでいきます。
少し右へ曲がりながら登っていくと、尾根の肩のようになった緩やかな二の山に着きます。
観音堂登山口から22分ほどの所になります。
中ほどにはが立っていて、
この場所は「二の山298m」、左へ続く道は「三の山」、今来た道は「観音堂登山口」となっています。
傍には四等三角点「二の山」があるので、地形図に載っている300.0m峰になるようです。
先ほどの「滝山古墳」の解説板からすると、滝山とも呼ばれているようです。
脇の樹木には「二の山」のが取り付けられていました。
周囲には樹木が茂っていて展望は良くありませんが、北西の方角にのある山が見えました。
その奥には電波塔が幾つか立つ山も見えました。
辺りの様子を確認しながら、ひと休みしていきました。
四等三角点
基本 No.113663
この測量標はすべての測量の基準です。
三角点を大切にしましょう。
国土地理院
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三角点
基本測量
大切にしましょう三角点
国土地理院
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この先には三の山・四の山・五の山があるので、一の山があっても良さそうに思えますが、
登ってくる途中には見かけませんでした。
地形図によるとここから西の方角に緩やかな尾根が続いているようなので、その何処かにあるのでしょうか。
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落ち着いたところで、正面にと思われる高みを眺めながら、尾根を軽く降っていきます。
すぐにツツジが咲くな尾根を進むようになります。
軽く登って、を越えていきます。
になった尾根を快適に進んでいきます。
登り坂になって「向山登山道」の標識を過ぎていくと、
小岩が剥き出す尾根を左・右と曲がりながら登っていきます。
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引き続き、が見られる尾根を登っていきます。
尾根の背の左側から回り込むように登っていくと、樹木の袂に置かれた「向山登山道」のを過ぎていきます。
「向山連山登山道」の標識を過ぎると、左右に通る緩やかな尾根に出ます。
二の山から11分ほどの所になります。
地形図によると、二の山の北東300m辺りにある標高360mほどの尾根の背になるようです。
中ほどにはが立っていて、
左の道は「三の山」、右の道は「谷中分水界起点」、今来た道は「二の山/観音堂登山口」となっています。
(*)も歩けそうな様子ですが、
三の山へ向かってを進んでいきます。
*右の道は、水分れ公園の奥の林道で見かける「日本中央分水界−谷中分水界起点−」の標識が立つ登山口へ続いているように思えますが、
確かめた訳ではありません。
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岩座展望所
尾根に剥き出すの右側を登っていきます。
大岩の先の尾根の背に出て登っていくと、少し右へ曲がってを進むようになります。
左・右と小さく折れ曲がって登っていくと、正面にが見えてきます。
尾根の背に出ると「岩座展望所」の標識が立っていて、右の大岩を指しています。
二の山から17分ほどの所になります。
二の山の北東400m辺りにある標高410mほどの尾根になるようです。
脇には伐採木を束ねたベンチも設置されています。
道は左へ曲がっていきますが、に立ち寄っていきます。
左側からの上に出てみると、眺めが広がる展望地になっています。
車を止めてきた水分れ公園駐車場も見えました。
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に戻って、三の山へ向かって尾根を登っていきます。
が剥き出す所の右側から回り込むように登っていきます。
シダ類が茂る所を左へ曲がっていくと、岩が剥き出すをに出ます。
尾根の背を跨いでを進んでいきます。
右側に僅かに山並みが見える所を過ぎていきます。
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三の山
左・右と曲がりながらを登っていきます。
剥き出した岩が石段のようになった所に立つ「向山連山登山道」のを過ぎっていきます。
「水分れ公園←→向山」のを過ぎていきます。
道なりに左へ曲がって、尾根のを登っていきます。
小岩が少し剥き出す所を登っていくと、緩やかになった三の山に着きます。
二の山から28分ほどの所になります。
二の山の北東500m辺りにある標高470mほどの高みになるようです。
樹木の袂にが立っていて、
この場所は「三ノ山 山頂」「三の山470m」、この先の道は「四の山」、今来た道は「二の山」となっています。
周囲には樹木が茂っていて、展望は良くありません。
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亜炭展望所
になった尾根を進んでいきます。
尾根に頭を出すまで来ると、左側のトラロープが張られた所を降っていきます。
トラロープはすぐに終わって、緩やかになったを進んでいきます。
登り坂になると、またが頭を出しています。
大岩の左側を過ぎて尾根の背が見えてくると、「向山登山道」のが左へ曲がっていく道を指しています。
右の尾根の背が明るくなっているのでちょいと登ってみると、「亜炭展望所」の標識が立っています。
三の山から4分ほどの所になります。
見える範囲は狭いものの、右側にが広がる展望地になっていました。
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登山道に戻って、を横切るように進んでいきます。
に出て、右へ曲がっていきます。
岩が幾つも頭を出すを登っていきます。
岩が終わって、少し曲がりながら登っていくと、朽ち果てそうな「向山登山道」のが立っています。
標識の手前を右へ曲がっていくと、緩やかな所に出ます。
樹木に邪魔されながらも、右側にが見えました。
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四の山 (標高511m)
樹木が茂る所へ入っていくと、「向山連山登山道」のが立っています。
樹木の袂にある「向山登山道」の標識を過ぎると、が増してきます。
少し曲がりながら登って緩やかになると四の山に着きます。
三の山から15分ほどの所になります。
標石はありませんが、地形図に載っている511m峰になるようです。
中ほどにはが立っていて、
この場所は「四の山511m」、この先の道は「深坂北峰」、今来た道は「三の山」となっています。
周囲には樹木が茂っていて展望は良くなく、右の樹間から僅かにが見える程度です。
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になった尾根を進んでいきます。
「向山連山登山道」の標識を過ぎていくと、な尾根になります。
登り坂になると、が幾つか剥き出した尾根を登るようになります。
緩やかになると、標高500mほどの高みを巻くようにを進んでいきます。
少し降り坂になって、「向山登山道」の標識を二つと「向山連山登山道」の標識を過ぎていくと、剥き出した岩があります。
四の山から4分ほどの所になります。
右側の樹間から少しが見えます。
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右斜面を更に進んでいくと、岩が剥き出した緩やかなに出ます。
すぐに登り坂になる尾根を進んでいくと、僅かなに着きます。
軽いになった尾根を進んでいきます。
「向山連山登山道」のを過ぎて軽く登っていきます。
咲いているツツジを愛でたりしながら登って緩やかになると、明るい小峰に出ます。
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松の台展望所
小峰の先へ降っていくと、右前方にが見えてきますが、
これから向かう深坂北峰と向山でしょうか。
緩やかな所を過ぎるとになります。
松の木が目立つようになると、剥き出したがあります。
道は岩の右側を降っていくのですが、岩の上に「松の台展望所」の標識が立っています。
四の山から10分ほどの所になります。
ちょいと岩の上に登ってみると、山並みを一望できる展望地になっていました。
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登山道に戻って、大岩のを降っていきます。
岩が剥き出す尾根を降っていくと、左側にが広がる所があります。
更に尾根を降っていくとになります。
登り坂になってくると分岐があります。
四の山から15分ほどの所になります。
中ほどには標識が立っていて、
正面の道は「分水界 雲海の径」、左の道は「丹波野林道へ 不動の滝」、今来た道は「松の台展望所3分」となっています。
標識が指すには明瞭な道は見かけませんが、あまり歩かれていないようでした。
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「向山道」や「向山連山登山道」の標識を確認しながら、岩が剥き出すを登っていきます。
左へ曲がって、尾根のを回り込むように登っていきます。
大岩の傍を回り込む所まで来ると、左の樹木が減って眺めが広がる展望地になっています。
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深坂北峰
「向山連山登山道」や「向山登山道」の標識を確認しながら、岩が剥き出すを更に登っていきます。
次第に傾斜が増してきて、また脹脛が痛くなってきました。
広がってくる尾根を登っていくと、次第に傾斜がになってきます。
歩き易くなった尾根を軽く登っていくと深坂北峰に着きます。
地形図によると、向山の北北西250m辺りにある標高520mほどの高みになるようです。
四の山から24分ほどの所になります。
中ほどに茂るアセビの傍にはが立っていて、
この場所は「深坂北峰521m」、この先の尾根は「向山三角点」、今来た道は「四の山」となっています。
左側が開けていてを眺められます。
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ツツジが岡展望所
少し右へ曲がっていくを降っていきます。
剥き出したの脇を過ぎていきます。
鞍部を過ぎて、になった尾根を進んでいきます。
少し曲がりながら登っていくとがあります。
大岩の手前を左へ曲がって上に出ると、「ツツジが岡展望所」の標識が立っています。
深坂北峰から7分ほどの所になります。
右側が開けていて、山並みを見渡せる眺めが広がります。
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向山 (標高568.8m)
両側にアセビが生えるを軽く登っていきます。
樹木の袂に寄りかかる「向山登山道」のを過ぎていきます。
傾斜が緩やかになると向山の山頂に着きます。
深坂北峰から9分ほど、観音堂登山口から1時間48分ほどで登って来られました。
中ほどには「向山」があるので、地形図に載っている568.8m峰になるようです。
傍には標識が立っていて、この場所は「向山三角点569m」、この先の道は「五の山」、今来た道は「深坂北峰」となっています。
脇の樹木には「向山567m」「向山568m」「向山569m」「向山白峰569m」などのが幾つか取り付けられています。
左へからは山並みを見渡せる眺めが広がります。
お昼には少し早い時刻でしたが、伐採木を並べたベンチに腰かけて昼食タイムにしました。
三角点
基本測量
大切にしましょう三角点
国土地理院
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山を愛する!!
来たときよりも美しく
動植物を大切に
カンゴミは必ず持ちカエル
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向山平展望所
お腹が満ちたところで、「向山連山登山道」のが指す道を降っていきます。
2分ほど降っていくと、左側の刈り込まれた所にが見えてきます。
尾根道から左へ少し入っていくと「向山平展望所」の標識があって、
樹間から僅かにが見えます。
以前は眺めが良かったのかも知れませんが、これまでの「展望所」のような眺めは広がりません。
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が茂る所を進んでいきます。
軽いになると、「向山連山登山道」の標識を二つ過ぎていきます。
緩やかな起伏で続くを足取りも軽く進んでいきます。
登り坂が続くようになると、尾根に剥き出したを過ぎていきます。
尾根の右肩を進んでいくと、アセビが茂る明るい所に出ます。
右側にはが広がります。
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五の山
尾根の背を跨いで左肩へ出ると、左側にが広がってきます。
また尾根の背を跨いでを進んでいきます。
岩が剥き出した所から尾根の背に出ると、軽いになります。
僅かな起伏がある登り基調の尾根を進んでいくと、標高590mほどの五の山に着きます。
向山から12分ほどの所になります。
この時には大人数のグループが昼食をしていました。
中ほどにはが立っていて、
この場所は「五の山591m」、右へ曲がっていく道は「蛙子峰」、今来た道は「向山三角点」となっています。
左にがが広がります。
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「向山連山登山道」のが立つ所から降っていきます。
雑木林のを小さく曲がりながら降っていきます。
「向山連山登山道」の標識を二つ過ぎていくと、緩やかなに着きます。
鞍部から登り返していくと、の脇を過ぎていきます。
次第に傾斜が緩んでくると、五の山の南150m辺りにある標高560mほどの細長い尾根に着きます。
五の山から7分ほどの所になります。
左側にはが広がります。
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蛙子展望所
軽いになった尾根を進んでいきます。
小岩が剥き出した所を過ぎて緩やかな尾根になると、
「向山連山登山道」のの所から尾根の右肩を進むようになります。
なぜ尾根の背に道が続いていないのか不思議に思いながら進んでいくと、2分ほどでに復帰します。
登り坂になってくると、が剥き出す尾根になります。
途中にある「蛙子展望所」や「向山登山道」の標識を過ぎていきます。
少し降って大岩の右側から巻くように登っていくと、右側が開けてきます。
五の山から13分ほどの所になります。
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軽く登っていくと、剥き出したを越えていきます。
降り坂になると、左側にが広がってきます。
の右側を降っていきます。
尾根の背に出ると大岩が剥き出していて歩けそうにありません。
へも小径が降っていますが、
「登山道」の標識が立つの道を進んでいきます。
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大岩のを進んでいきます。
大岩の脇を登っていくと、小岩が剥き出すに出ます。
右前方に見える山はでしょうか。
剥き出した岩を過ぎて降っていきます。
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蛙子峰
歩き易くなったな尾根を進んでいきます。
程なくして、が剥き出した尾根を登るようになります。
「向山連山登山道」のを過ぎていきます。
岩がなくなった尾根を緩やかに進んでいくと、標高560mほどの蛙子峰に着きます。
五の山から21分ほどの所になります。
中ほどにはが立っていて、
この場所は「蛙子(ガエルゴ)峰561m」、右へ曲がっていく道は「珪石山」、今来た道は「五の山」となっています。
周囲には樹木が茂っていて、展望は良くありません。
後日に、 蛙子峰から東へ延びる尾根を歩きました。
(「 宝来山」を参照)
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右へ続くを降っていきます。
緩やかになった尾根を進んでいくと分岐があります。
蛙子峰から2分ほどの所になります。
左側にはが立っていて、
正面の道は「譲葉山」、右の道は「清水山/珪石山」、今来た道は「蛙子峰」となっています。
正面の道(*)には「分水界の径」、右の道には「向山連山登山道」の標識も立っています。
標識がないと正面の尾根を進んでしまいそうな様子ですが、標識に従ってを降っていきます。
*後日に正面の道を歩きました。
(「 宝来山」を参照)
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壊れた「向山連山登山道」の標識を過ぎて降ってがはっきりしてくると、緩やかになります。
軽く登ったり緩やかになったりしながら続くを進んでいきます。
軽く登っていくと僅かなに着きます。
少し右へ曲がって、を降っていきます。
壊れた標識を過ぎていくと、緩やかな尾根になります。
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道なりに左へ曲がって、を登っていきます。
少し曲がりながら登っていくと、「向山連山登山道」のを過ぎていきます。
左右の樹間から僅かに山並みを眺めながら登っていくと、僅かなに着きます。
小峰の先へ降って緩やかになった尾根を進んでいくと分岐があります。
蛙子峰から16分ほどの所になります。
中ほどにが立っていて、
右の道は「珪石山/公園登山口」、左の道は「清水山/鳳翔寺登山口」、今来た道は「蛙子峰/譲葉山」となっています。
左の道(*)は清水山を経て鳳翔寺へ降りられるようですが、
今回は珪石山を経て水分れ公園へ降るべく、右の道を登っていきます。
*後日に左の道を歩きました。
(「 清水山」を参照)
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珪石山
を登っていきます。
傾斜が緩やかになると、僅かながあります。
手前に落ちている「向山道」の標識が指すマウンドの右側を降っていきます。
のような所に出ると、
「珪石鉱山跡」「向山登山道」の標識が立っています。
左下にはすり鉢状のがありますが、ここが鉱山跡なのでしょうか。
緩やかな所を過ぎて軽く登っていくと、標高550mほどの珪石山に着きます。
蛙子峰から20分ほどの所になります。
中ほどにはが立っていて、
この場所は「珪石山557m」、右前方へ降っていく道は「水分れ公園登山口」、今来た道は「蛙子峰/清水山」となっています。
周囲には樹木が茂っていて、展望は良くありません。
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尾根の右肩を降っていくと、のような尾根になります。
「向山道」の標識を過ぎて尾根のを軽く登っていきます。
珪石山から1分ほどで僅かな高みに着きます。
中ほどにはが立っていて、
「下山コース」「急傾斜です。気をつけて下山して下さい。」「水分公園・下山口」となっています。
標識の先に続くロープが二重に張られたを降っていきます。
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ロープに掴まりながらを降っていきます。
やの樹間から僅かに山並みを眺めながら降っていきます。
ずり落ちそうになりながら6分ほど降ってロープが終わるとになります。
急坂はもう終わりなのかと安心していると、1分もしない内にまたロープが張られた急な尾根になります。
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少し曲がる所もあるロープに掴まりながらを降っていきます。
一旦途切れて再び続くようになるロープに沿って降っていくと、やっとが終わりになります。
急坂を降り始めて11分ほどの所になります。
ロープが終わっても傾斜のはしばらく続くので、周囲の木に掴まりながら降っていきます。
「向山登山道」のを過ぎていくと、少し傾斜が緩んで歩き易い尾根になります。
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318m峰
「向山登山道」のの立つ所まで来ると、少し左へ曲がっていきます。
右の樹間からを眺めながら、傾斜が増した尾根を降っていきます。
「向山里山登山道」の標識を過ぎていくとな尾根になります。
少し傾斜が増したり緩やかになったりしながら続くの尾根を進んでいきます。
軽い登り坂になると、僅かな高みに着きます。
珪石山から25分ほどの所になります。
標石などは見かけず何処がピークなのかもはっきりしませんが、地形図に載っている318m峰はこの辺りでしょうか。
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分水界展望所
高みを越えてを軽く降っていきます。
次第に正面がなってきます。
何かの構造物だったと思われるを過ぎていくと、少し起伏のある広くて明るい所に出ます。
珪石山から29分ほどの所になります。
には「分水界展望所」と題したや標識があります。
「展望所」ということですが、この時には樹木が育っていて眺めは広がりませんでした。
左側には「向山連山登山道」のがあります。
地形図によると、ここは破線の道が分岐(*)している所になるようですが、
この時には深く考えずに、案内板の脇から正面の尾根を降っていきました。
*「分水界展望所」の標識と「向山連山登山道」の標識の間から、地形図に破線で載っている道が降っています。
後日に歩いたところ、この先で降り立つ林道の途中にある東屋が建つ 分岐へ続いていました。
(「 清水山」を参照)
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を降っていきます。
尾根の左肩を降っていくと、程なくしてを降るようになります。
横木の階段の痕跡も見られるので何の疑問も抱くことなく降っていきましたが、
珪石山の先にあったロープ場と同じほどの傾斜があるので、
『登山道ならここにもロープが張られていても良さそうなものだが何か変だ』と疑問に思い始めました。
正面の樹間からを眺めながら急な尾根を降っていきます。
分水界展望所から5分ほど降っていくと、左へ小径が分かれていきます。
地形図に載っている破線の道が左へ曲がっていく所になるようです。
の先には樹木が茂っていて煩わしそうに思えたので、
ここでも深く考えずに正面の尾根を降っていきました。
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林道
更に続くを降っていきます。
これまでに点々と設置されていた「登山道」の標識を見かけなくなって、誤りルートを降っていることを確信しましたが、
急な尾根を引き返すのは面倒なので、
傾斜が急なものの樹木は密生しておらず下草も茂っていないのを幸いに、このまま降ることにしました。
やがて植林地が現れると、が明るくなってきます。
少し左へ曲がりながら植林地を降っていくと、左右に通る林道に出ました。
分水界展望所から15分ほど、向山から1時間38分ほどで降りて来られました。
降り立った所にはベンチが設置されていて、右へ数10m行った所には小橋が架かっています。
振り返ってを確認したりしながらひと息入れてから、
左へ続くを進んでいきます。
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左にあるを眺めながら林道を緩やかに降っていきます。
1分半ほど降っていくと分岐があります。
角には「向山連山 水分公園登山口」のが立っていて、左から来る道を指しています。
どうやら左の道(*)が正規の登山道のようです。
右側にはが建っていて、「分水界展望所登り口」の解説板が設置されています。
*後日に左の道を歩いたところ、18分ほどで分水界展望所に着きました。
道が分かり難い所もありますが、所々に設置されている標識がルートを示しています。
途中には木橋・丸太橋・コンクリート橋・丸太橋が架かっていますが、
丸太橋は古びて壊れそうなので、僅かに水が流れる沢を渡っていきます。
(ルート図に緑色で表示)
分水界展望所登り口(中世の古城跡あり)
この登山道を登ると、中央分水界の展望所に至ります。
眼下には分水界が眺望でき、石生の町並や郡内のほぼ中央平野が広々と見渡せます。
また、尾根の大地には堀切り、郭などと思われる跡があり、
町内の歴史家の言によれば、戦国時代の古城跡であろうと推定されております。
誰の城であったか明瞭ではありませんが、柏原八幡宮に残されている寄進状によれば、
赤井氏の先祖 芦田直家が武運長久、子孫繁栄を願って「石生塚本の田一段(10アール)を我が本領たりといえども寄進する」と書かれています。
(生郷村誌より)
この時代に直家が石生の地を本領としていたことから、直家の山城跡ではないかと言われています。
是非とも登って素晴らしい景色の中で戦国の昔を偲んでみてはいかがでしょうか。
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左からの道を合わせて正面に続くを進んでいきます。
程なくして「水分の水」の標識が立っていて、パイプで引かれたがあります。
その先へ進んで小さな砂防ダムまで来ると、右へ小径が分かれていきます。
林道に降り立った所から6分ほどの所になります。
左側には「日本中央分水界−谷中分水界起点−」のが立っていて、
正面の道は「これより谷中へ1250m」、右の道は「これより山に登る」となっています。
右の道の入口にもが立っていて、
「分水界 雲海の径 水分れ公園登山口 至 栗栖峠」となっています。
右の道は岩座展望所の手前にあった標識の立つ分岐へ続いているように思えますが、確かめた訳ではありません。
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水分れ公園
右上にあるコンクリート製のを過ぎていきます。
コンクリート護岸された小川を左に眺めながら植林地に続く林道を降っていくとがあります。
構えが立派な割りには、小振りの棒を持ち上げれば簡単に開けることが出来ます。
振り返ると、「山火事予防」や戸扉の開閉のお願いのが取り付けられています。
右側には「向山連山 水分公園登山口」の標識があって、今来た道を指しています。
正面に続く林道を進んでいくと、程なくして水分れ公園に出ます。
林道に降り立った所から11分ほどの所になります。
この上に遊歩道・芝生広場・展望所などがあります。
ご自由にお入り下さい。
なお、農作物の獣被害防止のため、出入りにときには戸扉の開閉を必ずお願いします。
氷上町
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右には子供広場や多目的広場があり、左にはがあります。
やなどに立ち寄りながら、園内をしばらく散策しました。
トイレの傍には「水分れ公園」のや「日本一低い谷中中央分水界」の解説板などがあります。
(「いそ部」の「いそ」は、「山」篇に「石」と書きます)
いそべの石湧水
いそ部神社の「御祓橋」のそばに清水が湧き出ており、名付て石清水といいます。
昔から旱魃(長期に雨が降らず田畑など乾くこと)の時にも涸れることなく、今もこんこんと湧いています。
氏子は雨乞いをしたり、旱魃の時には石清水を升で測り、この水で命を長らえてきました。
この恵みに報いるため、毎年7月に「万度まいり」というお祭りを行うようになりました。
氏子が揃い、中串を持ち、鳥居の前より社前に進み一本を献じながら一万本に達したところで御神酒や神饌をいただきます。
この水も同じいそ部の石清水ですが生水での飲用はお控えください。
平成26年4月 生郷知事振興会、生郷元気な地域づくり実行委員会
いそ部の神
剣爾山は、三角形の美しい形をしています。
こういう山を昔の人は「神奈備山(神様の山)」と言いました。
山上近くにある大岩は、神様が天から下りてこられる拠り所と考えて、
こういう岩を「盤座」(いわくら)と言いました。
その山の前に建てられたのが、いそ部神社です。
このあたりのご先祖、いそ部の民は、大きな岩をつかって、古墳を造ったり、たんぼを造ったり(後には条里制水田造りもした)する土木工事が得意は人たちでした。
そのいそ部の人達の祖先、奇日方命(くすひがたのみこと)をおまつりしたのがいそ部神社のはじまり(和鋼三年、今から約1300年前頃)です。
後に、八幡宮を勧請(神様のおいでを願う)して八幡さんとなりました。
なお、この八幡さんは、柏原の八幡さんより歴史が古く、昔から、このいそ部神社のお祭をして、
その次の日に神様を、柏原の八幡様にお送りすることになっておりました。
その後、いそ部神社には、いろいろな神様をお招きして、たくさんの神様がおまつりされて、
石生の人達の守り神さまとしてお祭りされております。
水分れ公園
[日本でいちばん低い中央分水界]
本州にふった雨は、太平洋側か日本海側のどちらかに流れことになります。
このようなさかいを中央分水界といいます。
本州には、背骨になる山脈がつらなっているので、分水界はたいてい高い山々の尾根になりますが、
石生の分水界は海抜約100メートルで、平地の中にあり、たいへん低く、町の中に分水界があってたいへん珍しい所です。
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石生地区
花が残る沿いの道を進んでいくと、
車を止めておいたのとは別のがあります。
入口には「中央分水界と石生の水分れ」と題したがあり、
奥には「ようこそ生郷へ」と題した「」があります。
十字路まで来ると、車を止めておいた水分れ公園駐車場が右側にあります。
10分ほどの水分れ公園の散策も含めて、林道に降り立った所から27分ほどで到着しました。
左側に架かる藤ノ木橋を渡った脇に、
「藤の木橋物語」の解説板と「春の息吹と秋の紅葉が織りなす杜の小道」と題したがあります。
中央分水界と石生の水分れ
ここは日本列島の背骨『中央分水嶺』の線上にあるところです。
今、あなたがお立ちの道路の中央が「分水界」で、前方(北側)の雨水は由良川を流れて日本海へ、
一方は後ろ(南側)の雨水は高谷川から加古川へ注いでいます。
左に見える山のふもと「石生交差点」から右の山すそ「水分れ公園」の奥まで1250メートルの間は全く平地のなかで分水しており、
標高95.45メートルは日本一低い谷中分水界です。
藤の木橋物語
昔、地頭に、石負の玉の大夫という大金持ちが住んでいました。
一人娘の玉姫は、玉のように美しく近在の若者達のあこがれの的でした。
そのうち、どこからともなく真っ青な直垂(ひたたれ)をつけた、りりしい水もしたたる美しい若者が通ってくるようになりました。
その若者がどこから来るのか突き止めようと、腰に赤い糸をつけて、後を追っていくと藤の木橋をわたり、
遠い山里の大きな池の深みに入って行きました。
古池の大蛇の化身だったのです。
驚いた玉の大夫は、いそ部の神様のお告げを受け、藤の木橋の藤の木にお願いしたところ、
その夜のうちに藤のつるが伸びて橋をふさぎ、蛇のうろこがいっぱい落ちていました。
それから、二度とその男は来なくなったということです。
春の息吹と秋の紅葉が織りなす杜の小道
【 春のトレイルのみどころ】
春の息吹が山々に広がり、華麗に咲き誇る桜並木が美しいトレイルは、日本一低い中央分水界を目指します。
美術館、さくら公園、本郷のイチゴ狩り、そして水分れ公園への高谷川桜トンネルなどめぐりながらの散策はゆったりと自然を満喫できます。
【 秋のトレイルのみどころ】
澄んだ青空、黄金色に波打つ稲穂。
色づく山々の紅葉などが美しいトレイルで、加古川沿いから独鈷の滝を目指します。
市役所から中央図書館を経て、のどかな田園風景を道連れに歩くと、歴史の重みを今に伝える岩瀧寺にたどり着きます。
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