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かぶと山公園
京都丹後鉄道のかぶと山駅付近から北へ続く国道178号を進んでいくと、
甲山橋を渡った先に 「かぶと山公園1.6km」の標識が出る点滅式信号のがあります。
信号を左折して1.5車線の兜山一周道路を進んでいくと、
かぶと山公園の端にある東屋やトイレが設置された駐車場に着きます。
東屋の傍には「」の案内図がありますが、手前の木が育って見え難くなっています。
以前には「」があって兜山までの道が載っていますが、この時には見かけませんでした。
正面の斜面はアスレチック施設などがあるになっています。
広場の先には久美浜湾も見えていますが、手前の樹木が邪魔をしています。
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人喰岩ビューポイント
軽い登り基調のを引き返していきます。
緩やかになったり軽い登り坂になったりしながら続くを進んでいきます。
少し曲がりながら登って一番高い所に着くと、道端には「兜山一周道路」のがあります。
左を振り返ると人喰岩が見えます。
以前には口を大きく開けたのように見えましたが、
周囲の樹木が育ってきた為か、それらしくは見えなくなっています。
口の辺りに赤土のようなものが見えますが、一番嫌いなものを聞き出して、
もう人を喰わないようにと、赤土を岩の口に詰めたという民話が残っているようです。
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左側には趣のあるが数件建っていますが、
以前の「兜山鳥獣保護区区域図」に載っていた陶寺でしょうか。
降り坂になる兜山一周道路を淡々と進んでいくとの傍に出ます。
途中から墓地へ入っていくを降っていきます。
墓地を過ぎて緩やかになると甲山寺が見えてきます。
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甲山寺
左にあるのお堂を過ぎていきます。
白壁と生け垣の間から甲山寺の境内に入っていくと、左側に本堂があります。
駐車場から20分ほどの所になります。
右隣にはと思われる建物が並んでいます。
右側にはがあります。
を出て振り返ると、
「霊場 熊野山 甲山寺」の石柱が立っていて、「熊野山 甲山寺 真言宗」の解説板もあります。
熊野山 甲山寺 真言宗
本尊 阿弥陀如来(阿弥陀三尊佛)
当寺は天平八年四月行基の開山による創立と伝えられ、
甲山(兜山)山上、式内熊野神社の別当寺である。
本堂本尊は熊野神社の本地佛阿弥陀如来を安置し、
庫裏には天正年間兵火により焼失した利剣山大盤寺の本尊石造不動明王(秘仏)を祀っている。
庫裏及前庭や後の庭は宝暦年間の造営である。
当寺と熊野神社の中間に山上での祭祀に用いた閼伽の井(升池)がある。
京丹後市教育委員会
真言宗宗歌
いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす
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本堂の左側に続くを進んでいきます。
入口には六地蔵が並んでいます。
夏草が茂る山際まで来ると、「一番」のが佇んでいます。
石仏を過ぎていくと、すぐにがあります。
両方の道に石仏が見られますが、左側の道は以前に歩いたので、今回は正面の道を進んでいきます。
すぐの所に「八十八番」のが佇んでいます。
広い道には点々と石仏が続いていますが、この先にある大師堂までのだったようです。
少し曲がりながら続く道を登っていくと、舗装路の曲がり角に出ます。
甲山寺から6分ほどの所になります。
左からも巡礼道が登ってきていますが、手前で分れてきた道になります。
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大師堂
登り坂の舗装路を進んで緩やかになると、僅かなのような所を過ぎていきます。
少し左へ曲がって登っていくと、道の左右にが設置されています。
車止めのように道を閉ざす仕組みにはなっていないので、通行する車輛の幅を制限する目的で設置されているようです。
この登山道は大きめの車が通るには幅が狭いので、その対策のように思えます。
正確な幅は分かりませんが、靴の何個分かを測っておいて、帰宅後に靴のサイズを掛けてみると、幅は約210cmとなりました。
側面を擦らないよう余裕をみると、小型車なら何とか通り抜けられそうです。
少し右へ曲がりながら、僅かなのような所を登っていきます。
少し開けた所に出るとがあります。
手前が少し広くなっていて車を止めて置けそうです。
左側には平坦地があって、そこにお堂が建っています。
甲山寺から12分ほどの所になります。
駐車場にあった案内図によると大師堂というようです。
周囲には採番された石仏が沢山見られます。
手前にはで囲まれた一角があって、「ササユリ保護地区」の看板が出ています。
道幅狭し
車での進入はご遠慮ください。
山頂展望台へは、キャンプ場側からの登山道をご利用ください。
山陰海岸ジオパーク補助事業
ササユリ保護地区
甲山ササユリ保存会
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車止めを過ぎて、傾斜が増してくるを登っていきます。
左へ曲がりながら登っていくと、右の樹間にが見えます。
更に左へ曲がりながら登っていくと、先ほどよりもが広がってきます。
右・左と曲がりながら登っていくと、「」と題したがあります。
駐車場にあったのと同様の内容ですが、少し古いバージョンのようです。
案内板を過ぎて小広い所に出ると、右から登ってくる擬木の階段が合流してきます。
大師堂から14分ほどの所になります。
西側から登ってくる探勝歩道になりますが、下山時に歩くことにして、先ずは兜山へ向っていきます。
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熊野神社
舗装路を左へ曲がりながら登っていくと、の山頂部に着きます。
大師堂から16分ほど、甲山寺から30分ほどで登って来られました。
左側の一段高い所に熊野神社があります。
金網戸の奥にはが納められています。
熊野神社
熊野神社は、『延喜式』神名帳に記載され、熊野郡の名称の由来にもなった神社と伝えられています。
平安時代の歴史書『日本三代実録』貞観十年(868)九月二十一日条に
「丹後国正六位上熊野神社」に「従五位下」を授ける記事があり、これは当社のことと思われます。
そもそも鎮座している甲山には祭祀遺跡もあり、「甲山」は「神山」が転じたものという説もあることから、
山全体が信仰の対象となっていたのではないかと考えられています。
『丹後旧事記』など江戸時代の地誌類には、丹波道主命の勧請、川上麻須郎の造立と伝えられています。
また『熊野神社』には、養蚕農家が境内の小石を借り受け、
家に祀るとネズミの害を逃れるという風習があったことが記されています。
現在の社殿の建立年代は不詳ですが、
昭和二年(1927)の丹後大震災により被害を受け上屋を再建した際の棟札が残されています。
京丹後市教育委員会
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兜山 (標高191.7m)
熊野神社の右へ10mほど進んだ所に「甲山」があるので、
地形図に載っている191.7m峰になるようです。
三角点を過ぎていくと、左側に「」のと「山陰海岸国立公園」と刻まれた石碑が並んでいます。
久美浜湾に映るの写真も載っていますが、
来る時に写したものを載せておきます。
正面には「京都府選定分化的景観」の解説板があって、その裏側にがあります。
三等三角点
基本測量
大切にしましょう三角点
建設省国土地理院
兜山
久美浜町の兜山は久美浜湾の南東部に位置する、標高191.7mの独立した山です。
この山は硬くて風化しにくい岩石(流紋岩)できているため、周囲の侵食から取り残されたものと考えられます。
山頂部の展望台からは、久美浜湾や小天橋の姿が一望でき、市内でも有数の景勝地となっています。
久美浜公園から見えるきれいな円錐形の山体は、この地域のランドマークとして親しまれており、
毎年8月9日の千日絵には南斜面で大文字焼きが行われています。
ジオパーク
ユネスコが支援する、科学的に見て特別に重要である貴重な、あるいは美しい地質遺産を複数含む一種の自然公園のこと。
現在、鳥取県から京都府北部までにわたる山陰海岸をジオパークにしようとする取り組みが行われており、
平成20年12月に「山陰海岸ジオパーク」が「日本ジオパーク」に認定され、
平成22年10月に「世界ジオパークネットワーク」の加盟地域に認定されました。
京丹後市観光協会
(「岩石できている」は「岩石でできている」の誤記かと思われますが、そのまま載せておきます)
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正面には展望デッキがあって、久美浜湾や小天橋を一望できる眺めが広がります。
湾に突き出す大明神岬の付近に筏が沢山浮かんでいますが、とのことです。
北東の奥には斜台形をしたも見えます。
反時計回りに展望デッキを巡っていくと、久美浜町のも見えます。
景色を眺めたら、に腰かけて水分補給しながら休憩していきます。
以前に来た時には、 展望デッキの代わりに 展望台がありました。
(「 兜山」を参照)
京都府選定文化的景観
文化財の名称 |
京丹後市久美浜湾カキの養殖景観
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選定年月日 |
平成二十年三月二十一日
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所在地 |
京丹後市久美浜町
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区域 |
京丹後市久美浜町河内、湊宮、久美浜一区の各一部
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面積 |
約四七〇ヘクタール
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久美浜湾は日本海の内湾にあたり、湾の周囲は約二十八キロメートルに及ぶ。
久美浜町を流れる多くの河川を受け入れ、水戸口と呼ばれる部分で日本海に注いでいる。
この湾口は幅三十メートル、深さ三メートル、長さ三百メートルと狭小であることから
湾内は日本海の荒波を受けにくく、一年中波は穏やかである。
日本海に面した潟湖は、原始・古代を通じて、
大陸からの文物や高度な技術の導入をはかる上で欠かせない天然の良港であったため海上交通の基点となった。
隣接している函石浜遺跡から中国「新」の時代の鋳造された「貨泉」が出土していることから当時の交流の様子がうかがえる。
その後、こうした潟湖は、河川による土砂堆積により姿を消したものが多いが、
久美浜湾は現在まで潟湖が残る数少ない事例であり、現代では新たな生業の場として活用されている。
湾内の波が穏やかなことに注目した地元有志は、昭和十二年に試験養殖に成功し、
昭和二十五年頃からカキ棚を作って養殖を開始した。
その後養殖拡大方法の研究がなされ、昭和三十四年には久美浜湾に適した養殖技術が完成した。
現在湾内四箇所でカキ棚が敷設され総数は合計三百基を超える。
特に河内湾は海底までの深さが数メートルと浅いこともあり、
海面から杭を打ち込み、それに棚を敷設する昔ながらの方法が残っており、
当地の文化的景観を特徴づける大きな構成要素となっている。
波穏やかな久美浜湾内にカキの養殖筏が列をなして浮かぶ風景は、
京都府北部を特徴づける良好な文化的景観となっている。
京丹後市教育委員会
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落ち着いた所で、探勝歩道の擬木の階段が始まるまで引き返してきます。
左側へ続く幅の広いを、正面に山並みを眺めながら降っていきます。
段差が高くて一段を二歩かけて降っていきます。
しばらく降っていくとになりますが、
ここでも一段を二歩かけて降っていきます。
階段が終る曲がり角まで来るとが立っています。
兜山から6分ほどの所になります。
右へ曲がっていく探勝歩道は「野営場」、左の小径は「人喰岩」、今来た道は「山頂展望台」となっています。
左の斜面の少し下にある人喰岩からは眺めが広がるので、ちょいと立ち寄っていきます。
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人喰岩
数段の石段を降っていくと、その先はになります。
が剥き出していたりするので、足元に注意しながら降っていきます。
が高い所もある斜面を少し曲がりながら降っていきます。
転落しないよう注意しながら降っていくと、剥き出したが見えてきます。
標識類は見かけませんが、これが人喰岩のようです。
探勝歩道から4分ほどの所になります。
へっぴり腰になりながら慎重に岩の上に出てみると、街並みや山並みを一望できる眺めが広がります。
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往復12分ほどでまで引き返してきます。
石段はすぐに終って、擬木の支柱が続くになります。
地道を降っていくと、左側が開けた所に出ます。
左側の斜面には鉄パイプの手摺りが幾つか設置されていますが、大文字の送り火が催される所のようです。
左側には久美浜湾や山並みを見渡せる眺めが広がります。
少し先にはが立っていて、
この先の道は「野営場」、今来た道は「山頂展望台」「人喰岩」となっています。
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標識を過ぎると、急なを降るようになります。
石段が終るとになります。
正面の樹間にを眺めながら降っていきます。
に左へ曲がって降っていきます。
少し傾斜が緩んでくる道を降っていきます。
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が増してくると、右・左と曲がりながら降るようになります。
合わせて4回ほど曲がりながら降っていくと、左右に通る兜山一周道路に出ます。
人喰岩への立ち寄りも含めて、兜山から32分ほどで降りて来られました。
右側には近畿自然歩道のが立っていて、
右の道は「かぶと山公園0.2km」、左の道は「甲山駅2.1km」、今来た道は「かぶと山展望台0.8km」となっています。
袂には「山頂展望台」「人喰岩」の標識もあって、今来た道を指しています。
「かぶと山登山道入口」の看板も出ています。
振り返ってを確認していきます。
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左へ150mほど進んでいくと車を止めてきた駐車場がありますが、かぶと山公園を訪ねるべく進んでいきます。
右へ登っていく坂道を見送っていくと、分れていく道があります。
手前には「かぶと山公園キャンプ場0.2km」「ようこそ!かぶと山公園園地へ」の標識があり、
正面には「HOTEL HOLIDAY HOME」の看板が出ています。
の建物と駐車場の間に続く道を軽く降っていきます。
程なくして、への道を左に分けていきます。
右にある広いキャンプ場を眺めながら進んでいくと、正面に「やすらぎの郷 かぶと山公園」のが立っています。
左には広い駐車場があって、その奥に「」と「」の案内板があります。
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かぶと山公園
案内板の右側に続くを登っていきます。
入口には「野営場」「かぶと山虹の家」の標識が立っています。
少し登っていくとがあります。
左側には「かぶとやま虹の家(管理棟)管理人室」の標識が出ていますが、
「京都の自然二百選 兜山」の標識が立つ右の石段を登っていきます。
坂道に出て左へ進んでいくと広いに出ます。
左には今回登った兜山が見えます。
前方に続く坂道を進んでいくと、アスレチック施設などがあるに出ます。
左へ続くを登っていきます。
一旦途切れて再び現れる短い石段を登るとに出ます。
右へ進んでいくと、すぐの所に車を止めておいた駐車場があります。
兜山一周道路に降り立った所から19分ほどで到着しました。
「京都の自然二百選「 兜山
美しい自然 大切な自然を 永く子孫に伝えよう
平成5年8月31日選定 京都府
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