長安寺 由緒
今をさかのぼる1400年前、第31代用明天皇の第3王子、麻呂子親王(聖徳太子実弟)が勅命によって丹波の国大江山に棲む鬼賊征伐の途次、
戦勝祈願のため薬師如来像を刻みこの地に奉祀され、この薬師如来を信仰し続けて当寺の沿革が始まった。
平安時代末期になり、薬師如来を本尊となし真言宗の鎮護道場として金剛山善光寺の創建となる。
25ヶ寺の坊を有し、三重の塔、諸堂完備し中世に栄えていたが、応永年間(1394)火災にかかり諸堂ことごとく消失した。
時代は下って文明6年(1474)夢窓国師の法嗣悦堂禅師が諸国巡錫の際、七堂伽藍を再建し、禅宗に改め瑞鳳山長安寺と改称した。
その後も戦乱時代が続き、再三消失し、
天文13年これを嘆かれた福知山初代城主、杉原家次公(豊太閤の正妻寧子の方の伯父)の帰依により、眼光恵透禅師が入山し、
山号を医王山と改め再々創建された。
薬師如来は安泰であり、別に一堂を建てて安置し、薬師如来は広く瑠璃光を放ち、深く衆生に加護を垂れて来た。
又寺内には諸堂完備し、杉原家次公の塔所、開山堂、弁天堂、観音堂、重森完途氏作の四十九灯薬師三尊庭園、心経堂、等々が建立され、
現在臨済宗南禅寺派別格地となっている。
境内には私立長安寺公園があり、市民の盛んな信仰と遊園の地で親しまれ、
春は桜、特に秋の紅葉の名所として見頃の11月上、中旬頃は、孝雄、箕面に優る美しさを誇り、「丹波のもみじ寺」として知られている。
(長安寺史より)
福知山十景 長安寺
臨済宗南禅寺派の禅宗寺院。
境内には四季折々の景観と枯山水の庭があり、特に秋には紅葉は見事で「丹波のもみじ寺」として広く知られています。
背後の姫髪山は「丹波大文字」で有名です。
【福知山十景めぐり】
大原神社と産屋 ~約23km~
福知山城と福知山通り ~約1km~
由良川と音無瀬橋と花火大会 ~約10km~
天寧寺 ~約25km~
小倉の玄武岩 ~約23km~
長安寺 ~約7km~
三段池公園 ~約1km~
元伊勢三社(外宮~約3km~内宮~約0.4km~天岩) ~約5km~
二瀬川渓流 ~約6km~
大江山連峰・ブナの原生林・雲海
福知山市観光振興課