郷関を守る復興の城 岩尾城址 県指定文化財
岩尾城は、標高358mの蛇山の山頂にあり、和田日向守斉頼が永正13年(1516)に築城したと伝えられています。
その子、作右衛門師季が跡を継ぎましたが、明智光秀の丹波攻略によって天正7年(1579)に落城しました。
その後、天正14年(1586)になって近江から佐野下総守栄有が入封して城郭を改修しました。
やがて豊臣秀吉の命によって廃城となり、慶長元年(1596)に破却されました。
ゆえに和田氏が築いた戦国時代の実戦用の山城遺構の上に、佐野氏によって小さいながらも天守台を築き、
幾重にも石塁をめぐらせた近世城郭へと修築されているのです。
このように城郭様式が混在した城址は日本城郭史上貴重な遺構です。
また、山腹の井戸は往時のままの姿をとどめており、山城の堀井戸として全国的にも珍しく貴重な遺構です。
本丸からは領内を眼下に見おろし、遠く穂壺城、後山城、霧山城、高山寺城、黒井城の出城千丈寺砦、
また播磨への街道筋も一望できます。
(1)和田小学校登山ルート(所要時間約40分)
小学校を通るルートのため、平日は職員室へ連絡が必要。
校舎裏手の、校山園の石段をあがると裏山へ行く道がある。
動物避けの金網の扉を開けて入る。(必ず閉めること)
急斜面をジグザグに登ると南側からの親縁寺ルートと合流する。
そのまま尾根伝いに進み下知殿丸曲輪を経て天守台へと向かう。
(2)だるま岩《郵便局》登山ルート(所要時間約40分)
郵便局東側からだるま岩を経て岩尾城へ向かうルート。
裏山に動物避けの金網の扉があるので開けて入る。(必ず閉めること)
右から登ってくる親縁寺ルートと合流し、だるま岩の家の道を登って南曲輪・下知殿曲輪を経て天守台へ向かう。
(3)親縁寺《大手筋》登山ルート(所要時間約40分)
親縁寺の境内からだるま岩を経て岩尾城へ向かうルート。
かつての大手道。
境内の南端に動物避けの金網の扉があるので開けて入る。(必ず閉めること)
左から登ってくる郵便局ルートと和田小学校ルートと合流し、視界が開けた尾根を北に登り、天守台へ向かう。
(4)和田下町《稲荷神社》登山ルート(所要時間約100分)
和田東側の稲荷神社(釼光稲荷大明神)の赤い鳥居を潜って登る。
眼下に加古川を眺めながら尾根伝いに登り、岩尾城の古城北側堀切へ出るルート。
登山道の距離も長く整備があまり出来ておらずブッシュを進む上級者向き。