甲賀山公園案内
甲賀山は大正3年、八十八ヶ所に大師堂が建立され、毎月21には大師さんの日としてお参りが多かった。
山麓には大護神社、蛭子神社、愛宕神社、八幡神社が祭られ、成松の誇る遊園地であった。
成松ロイヤルクラブは創設間もない時期から甲賀山公園に遊具の設置、アスレチックの設営などの整備拡張に努めてきた。
また当時より甲賀山全山公園化の構想をもち、行政などに働きかけていたが実現にはいたらなかった。
昭和57年、兵庫県が全県全土公園化構想を発表し、公園化実現の道が開かれた。
それを機として成松ロイヤルクラブが連合区、町に公園化を強力に働きかけた結果、
昭和58年、成松連合区(田中栄一連合区長)の全面的支援によって町、県に陳情し採択され、
59年度より工事にかかり、60年度に第一期工事が完成したのである。
工事費は3,000萬円であり、県、成松区連合会、町、中央地区振興会の助成によって賄われた。
将来二期、三期工事が完成すれば、郡内屈指の公園となるであろう。
高岡山歌碑と甲賀山
たかおかに 群れいる人も 諸ともに 千代をちぎりし わかなをぞつむ (歌碑建立 昭和30年7月)
鳥羽天皇、天仁元年(1108)の大當会で、丹波掾、大江匡房が甲賀山を詠んだ歌で、丹波の国・風に書かれている。
高岡山とは今の甲賀山のことで、戦国末期に甲賀の士が砦を構え、
一時居住してから、甲賀山と呼ぶようになった。
また、西部に八十八ヶ所の大師が勧進されてから信仰の山としても皆に親しまれている。
大護神社
祭神 | 天之御中主命 |
祭日 | 10月10日(祈年祭) |
創建 | 元禄12年(1699) |
改築 |
神殿は天保9年(1838)に改築。
その際広島の築城石工を招き風格のある石垣を構築又神殿の彫刻は京都の名工、長谷川佐多朗伊延氏による。
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愛宕神社
祭神 | 雷神 |
祭日 | 8月23日、24日(愛宕祭) |
奉祀 |
古くは堂之場の愛宕灯籠前にて祭儀を行った。
元禄、宝永の頃近郷に飢饉、当町に大火災があり、有志が京都の愛宕神社本宮に参拝祈願し災を免れ、
以来その分霊を迎え区内各町に愛宕灯籠を建立、奉祀す。
愛宕祭りは近隣最大の夏祭りである。
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えびす神社
祭神 | 蛭子大神 |
祭日 | 2月9日、10日、10年毎に大祭執行 |
奉祀 |
明治23年2月23日西宮神社の分霊を迎え奉祀す。
以来町内はもとより近隣多数の人々に親しまれ信仰を集めている。
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八幡神社
祭神 | 誉田別命 |
祭日 | 2月17日、18日 |
奉祀 |
弘化3年(1846)3月、領主稲垣若狭守の祈願所として領内八ヶ村の要請にて、
京都石清水八幡宮の分霊を迎えて奉祀す。
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昭和63年11月3日 成松ロイヤルクラブ