藤の目242m峰
概 要 丹波市柏原町の柏原地区と東奥の境にある242.8m峰(点名:藤の目)へ登ります。 JR福知山線の柏原駅の近くの観光者駐車場を起終点として、 高谷忠魂殿を経て山頂へ登り、 破線の峠道が尾根を越えていく小峠まで進み、 西の斜面を降って谷筋に出るルートを周回します。
起 点 丹波市柏原町 柏原地区
終 点 丹波市柏原町 柏原地区
柏原地区…高谷忠魂殿…242.8m峰…小峰A…小峰B…小峠…砂防ダム…車止め柵…柏原地区
所要時間 2時間20分
歩いて... 尾根は清水山登山道になっていて、適度な間隔で桃テープが続いています。 思いのほか急坂もあって、落ち葉が厚く積もって滑り易い所もあります。 山頂は樹木に囲まれていて、残念ながら眺めは広がりません。 西へ降る斜面は次第に道が不明瞭になりますが、桃テープを辿りながら降っていきます。
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コース紹介
柏原地区
北近畿豊岡自動車道を氷上ICで降りて、県道7号を南下していきます。 稲継交差点から国道176号に入って更に南下し、JRの線路を跨いでいくとがあります。 「柏原八幡神社」「木の根橋」の道路標識が指す左の道に入っていきます。 道なりに真っ直ぐ進んで山際まで来ると、観光トイレが併設された観光者用駐車場があるので、ここに車を止めさせて頂きます。 (
道路向かいには野口雨情があります。
名さへ目出たい 入船山に 町のまもりの 八幡宮 雨情
野口雨情は坪内逍遙に師事し、新体詩の創造を志し、民謡・童謡詩人として活躍した。 民謡としては当地の「柏原小唄」を始め「波浮の港」「三朝小唄」、 童謡には「七つの子」「あの町この町」「青い目の人形」等、著名な作詞が数多く発表されています。 雨情が昭和11年5月19日来柏し、当町の名所古跡を訪ね、柏原情緒を小唄十二歌に作詞、 今なお柏原踊りの歌謡として親しまれている。 この度、但馬の神鍋青みかげ石に刻し、之を建立す。
昭和62年10月吉日
車道を引き返し、すぐの所にあるの角を右へ曲がっていきます。 山際に細長く続くを過ぎていきます。 道路を真っ直ぐ進んでいくとが立っていて神社があるようですが、立ち寄るのは省略します。 突き当たりまで来るとに出ます。 左折したすぐの所から右へ分かれていく路地に入っていきます。 入口には「忠魂殿参道」の石柱が立っています。
高谷忠魂殿
民家へ入っていくような雰囲気がするを進んでいきます。 民家の前を右へ曲がると長いが現れます。 石段を登り切ると小広いに出ます。 正面の石段を登った一段高い所に社殿があります。 扁額は見かけませんが、これが高谷忠魂殿のようです。 駐車場から9分ほどの所になります。 拝殿の左右から奥を眺めるとがあります。 社殿の手前には「高谷忠魂殿の由来」のがあります。
高谷忠魂殿の由来
高谷忠魂殿は、旧柏原町出身の戦没者251柱の遺徳顕彰と、霊安かれの願いをこめて設置されたものです。 明治38年(1905)八幡神社宮司「千種宇佐美」氏が、 八幡神社に安置されていた西南戦役と日清・日露の戦没者の霊を祀るため、祠を建てたのがはじめで、 大正6年(1917)5月、時の在郷軍人会が現在地を拡張改築したもので、 西南戦役以後の戦没者の忠魂を祀り、毎年5月6日に在郷軍人会主催の招魂祭典が執り行われてきました。 昭和11年(1936)5月6日、本殿に向かって左側に日独戦争までの出征者の名誉を称え、 従軍記念碑「忠魂義瞻」が「土田四郎」氏の寄付により建立され、 戦没者の冥福と遺族の安泰を祈念し祭典が行われていました。 昭和20年(1945)太平洋戦争終結とともに一時軍事に関する諸行事が一切禁止され、 招魂祭は社会福祉協会によって続けられていましたが、 昭和30年5月6日、この大戦で平和の礎として散華された多くの戦没者を合祀するため、 本殿に向かって右側に英霊記念碑「殉国遺芳」が旧柏原町有志によって建立されました。 なお祭典は、昭和30年新町発足と共に柏原町主催により執り行われきましたが、 平成2年(1990)献花による追悼式となり、その後、しばらくは追悼式と遺族会による招魂祭が行われました。 平成9年(1997)「遺徳顕彰録」の完成を機に、町主催による追悼式のみとして戦没者の冥福と恒久平和を祈念し、 あわせてその威徳顕彰を続けています。
社殿の右側にあるの脇から奥へ進んでいきます。 すぐの所にがあります。 右の道は参道のようで、登山道は左の道になります。 左の道の入口には「清水山登山道」のと桃テープが取り付けられています。 適度な間隔で続くを辿りながら登山道を登っていきます。 道なりに左へ曲がっていくと尾根の背に出ます。 手前の樹木に邪魔されながらも、左側に柏原のが見えます。
右へ曲がって切岸のような急坂を登っていくと、曲輪跡のようなに出ます。 正面には切岸のような急坂があるので、にある桃テープの辺りから回り込むように登っていきます。 右へ曲がりながら登っていくと、すぐにに復帰します。 次第にが増してきます。 思いのほか傾斜が急で息が切れてくるので、何度も立ち止まって呼吸を整えながら登っていきます。 階段のように削られた所もある尾根を頑張って登っていきます。
何処が道だか分り難いを登っていきます。 尾根の少しを通ったりしながら登っていきます。 しばらく登っていくと、から尾根が近づいてきます。 右側からの尾根と合流する所まで来ると緩やかになります。 高谷忠魂殿から14分ほどの所になります。 脇の樹木には、登山道を記したが取り付けられています。 から合流してくるのは地形図に破線で載っている道で、八幡神社から続いているようです。
登り傾斜が増してくるとのようなものが並行するようになります。 何処を歩けば良いのか分かり難くなりますが、歩き易そうな所を辿ってを登っていきます。 近づいてくるへ向かって登っていきます。 程なくして、標高220mほどのに着きます。 高みを過ぎて軽く降っていくと、浅い鞍部に出ます。
242.8m峰
すぐに登り坂になると、記号が刻まれたがあります。 少し登っていくとになります。 軽く降って、僅かにを過ぎていきます。 登り坂になる尾根を進んでいくと、大きな倒木がある緩やかな尾根に着きます。 高谷忠魂殿から23分ほどの所になります。 『三角点があるはずだが』と思って標石を探しますが見つけられないので、前後左右に範囲を広げながらしばらく探し回ります。 『もしかして』と思って最初に見かけた大きな倒木の枯れ枝を払い除けてみるとが隠れていました。 これが四等三角点「藤の目」のようで、地形図に載っている242.8m峰になるようです。 周囲には樹木が茂っていて、残念ながら眺めは広がりません。
三角点の標石を探すのに時間を費やした242.8m峰を後にして、先へ続くを進んでいきます。 次第にになります。 緩やかな所を過ぎて、が剥き出す尾根を更に登っていきます。 それほどの急傾斜ではありませんが、落ち葉が厚く積もって滑り易くなっているので、足元に注意しながら登っていきます。 に削られた岩の上を進んでいきます。 登り傾斜が増して来ると、また窪んだ道のようなものが両側に現れますが、中ほどを登っていきます。
思いのほかなので、脇の樹木に手を掛けながら登っていきます。 両側に並行する窪んだ道が消滅すると、の脇を過ぎていきます。 中ほどが少しを登っていきます。 次第にが増してくる尾根を、息を弾ませながら登っていきます。 所々に巻かれた桃テープを確認しながら登っていきます。
小峰A
中ほどがを更に登っていきます。 尾根のを通ったりしながら登っていきます。 次第に傾斜が緩やかになると、記号が刻まれたを過ぎていきます。 程なくして、標高330mほどの小峰Aに着きます。 242.8m峰から18分ほどの所になります。 周囲には樹木が茂っていて眺めは広がりません。 少し汗ばんできたので、ジャケットを脱ぎ水分補給をしながらひと休みしていきます。
小峰B
気を取り直して、正面へ軽く降っていくとになります。 程なくして、軽いになります。 先の方にが見えてくると、次第に傾斜が弛んでいきます。 小岩まで来ると、標高330mほどの小峰Bに着きます。 小峰Aから3分ほどの所になります。 ここも周囲に樹木が茂っていて眺めは広がりません。
先へ続くを降っていきます。 程なくして切岸のようながありますが、右から回り込むように降っていきます。 が増してくる尾根を降っていきます。 しばらく降っていくとになります。 馬の背のような狭い尾根を進んでいくと、記号が刻まれた石杭と「丹波市」の赤頭短杭があります。
軽いになる尾根を進んでいきます。 程なくして、電波反射板が立つ山が正面の樹間に見えてきますが、方角からするとのようです。 傾斜が増してくる尾根を降っていくと、「」のを見かけるようになります。 程なくしてになります。 軽く登り返していくと、標高300mほどの高みに着きます。 小峰Aから12分ほどの所になります。 脇には記号が刻まれた石杭と「丹波市」の赤頭短杭があります。
小峠
になる尾根を進んでいきます。 正面の樹間にを眺めながら降っていきます。 「」の赤プラ杭がある尾根を降っていくと、緩やかになった小峠に着きます。 小峰Aから15分ほど、242.8m峰から37分ほどの所になります。 地形図に破線で載っている峠道が尾根を斜めに越えていく所です。 手前の樹木には、登山道を記したが取り付けられています。 別の樹木にはが取り付けられていて、 正面の道は「清水山から」、左へ戻るように続く道は「南多田(柏原中)」、今来た道は「八幡宮へ」となっています。 少し先にも尾根道と峠道のがあります。 脇の樹木にが取り付けられていて、 正面の道は「清水山へ」、左へ戻るように続く道は「南多田(柏原中)」、 右前方の道は「未調査(藤の目林道へ)」、今来た道は「八幡宮から」となっています。 清水山へは正面の尾根を登っていくようですが、 今回は車を止めてきた駐車場に戻るべく、左へ戻るように続くを降っていきます。
斜面を横切るように斜めに続くを降っていきます。 この道にも適度な間隔で桃テープが続いています。 があったりしますが、歩き難くはありません。 岩の脇を過ぎて降っていくと踏み跡がしています。 標識やテープ類は見かけませんが、右側の道を降っていきます。 桃テープが巻かれた樹木まで来ると、また踏み跡との分岐があります。 この先にかけて踏み跡の分岐が何ヶ所かあるので、注意が必要です。 ここは折れ曲がって、桃テープが見られる峠道を降っていきます。
少し降って浅い谷筋の手前まで来て、道なりに折れ曲がっていきます。 崩落地のような所まで来て、折れ曲がっていきます。 には歩けそうな斜面がありますが、見送っていきます。 所々に巻かれているを確認しながら降っていきます。 次の桃テープが巻かれた樹木まで来て、道なりに左へ折れ曲がって降っていきます。
曲がりくねったを過ぎていきます。 すぐ先の桃テープが巻かれた所を折れ曲がっていきます。 またあるを跨いでいきます。 谷筋の手前まで来て、桃テープが巻かれた枝の所を折れ曲がっていきます。 少し降っていくと分岐のような所に出ます。 右の道も明瞭ですが、正面の道を進んでいきます。
程なくしてあるの脇を過ぎていきます。 次第に道が不明瞭になますが、の左側を降っていきます。 少し先にを見かけて安心しながら降っていきます。 「」のが見られる谷筋を降っていきます。 道が分からなくなりますが、そのまま谷筋を降っていきます。
砂防ダム
しばらく降っていくと、に桃テープが見えるので向かっていきます。 桃テープまで来ると、明瞭なが現れます。 振り返ると手前から続いているようなので、何処かで道を間違えたようです。 また道が不明瞭になりますが、先に見えているへ向かって降っていきます。 程なくしてが見えてきます。 少し右へ曲がりながら降っていくと、砂防ダムの傍に出ます。 小峠から28分ほどの所になります。
ダムの下流に続く沢の傍にが見えるので向かっていきます。 まで来ると、何とか沢を渡れそうな様子です。 ここはの先に見えている桃テープへ向かっていきます。 桃テープを過ぎると、二つ目のがあります。 右の沢との高低差が無くなるので、右へ渡っていきます。 沢を渡った所の樹木には「清水山登山道」のと桃テープが取り付けられています。 斜面を登っていくと、地形図に実線で載っている広い道に出ます。 最初の砂防ダムから2分ほどの所になります。
車止め柵
広い道を降っていくと、程なくしてを過ぎていきます。 植林地に続く軽いの道を真っ直ぐ進んでいきます。 植林地を過ぎるとになります。 住宅地が近づいてくると車止め柵があります。 最初の砂防ダムから9分ほどの所になります。 中ほどを太いゴムバンドで止められているので、左脇を抜けていきます。
車止め柵を過ぎると、すぐにになります。 すぐの所にあるを左へ戻るように曲がって、地道を進んでいきます。 少し右へ曲がって作業場のような所を過ぎていくと、段差を降った所からになります。 真っ直ぐ進んでいくと、少しズレたに出ます。 右前方の道の入口には、小振りな地蔵堂があります。
右前方の道に入って民家の脇を進んでいくと、曲がりながら続くになります。 山際まで来るとがありますが、上下に設けられた小レバーを回せば開けられます。 右に広がるを眺めながら進んでいきます。 山際に続くを進んでいきます。 池畔を過ぎて、山際に続く墓地に沿って小径を進んでいきます。
の中に続くコンクリート道を真っ直ぐ降っていきます。 山際に出て、の脇を過ぎていきます。 右に分かれていく道を見送って、を更に進んでいきます。 道なりに、曲がりながら進んでいきます。 民家の間を過ぎていくと車道に出ます。 角に立つ電柱の傍には「田ステ女公園」の標識があって、正面の道を指しています。
柏原地区
正面の道を進んでいくと、少しズレたに出ます。 脇には先ほどと同様の「田ステ女公園」の標識があって左を指しています。 ここは左前方の道を進んでいきます。 程なくしてあるは左の道を進んでいきます。 最初に入っていった「忠魂殿参道」の石柱が立つを見送って、 すぐ先にある分岐を右折していきます。 左側にあるの前を過ぎていきます。 山際に細長く続くはちまん広場を過ぎて、の脇を進んでいきます。 突き当たりのお寺の前まで来て左へ曲がると、車を止めておいた観光者用駐車場があります。 車止め柵から22分ほどで到着しました。